利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(12) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)
対話の妙
こういった場で本当に面白いのは、対話に加わることによって、素晴らしい考え方が現れて新しい世界が開けた感じがする時だ。通常の講演や授業などでも講師の考えを聞いて、自分が啓発されることは当然ありうる。でもこの場合は聴衆が受け身の立場だから、その場に参加して作り上げたという感じは少ないだろう。これに対して対話の場合は、参加者一人ひとりがそれを参与して作り出している。共同作業なのだ。
人生に悩んでいる人の問いに講師が答え、参加者の発言も聴いているうちに涙が込み上げてきて、幸せへの糸口がつかめたとしよう。講師や参加者の言葉がきっかけになったとしても、この対話を可能にしたのは初めの問いだ。その場に参与し、それを作り出したのだ。
それを聞いて、実は他の参加者も得るところがある。自分の体験ではなくとも、人の経験を部分的に共有することによって人生についての洞察は深まるのだ。のみならず、実は講師にとっても学ぶことが多い。教えや思想について自分が知っていることを話していても、それが質問者の心を打つ様子を見ることによって自分自身がその意味や価値を改めて深く認識することは少なくない。