TKWO――音楽とともにある人生♪ フルート・前田綾子さん Vol.3
「私の人生はいつも誰かに導かれて、この道を歩んできました」。前田綾子さんはそう話す。3回目となる今回は、東日本大震災発生から1カ月後に被災地を訪ねた当時を振り返り、人々との関わりを通して感じた音楽の力について語る。
未曾有の災害 「何の役にも立てない」と思った
――2011年の東日本大震災発生後に、被災地を訪問し、慰問演奏を行いました
佼成ウインドの名誉団長である庭野光祥次代会長から「被災した方々に音楽を通して安らいで頂きたいのですが」との相談があり、私が行かせて頂きました。震災発生から、1カ月後のことでした。
しかし、訪問することになったものの、当初は、現地に行って、苦しんでいる人々に、音楽で何の役に立てるのだろうと思っていました。ニュースで流れる被災地の惨状を見て、東京の人々さえも静まり返っていましたから。私もショックを受けていたので、「しっかり吹けるのかな」という思いもありましたし、楽器はとりあえず持っていくけれど、炊き出しなどのお手伝いがしたいという思いの方が強かったですね。
――実際、現地を訪ねて感じたことは?
岩手、宮城、福島、茨城の4県を訪れました。被災された皆さんの表情は強張っていて、泣くこともできないというのか、心が固まっておられるようでした。ここでフルートの音を出すのは不謹慎ではないかと思ったのですが、光祥次代会長が「演奏して頂けますか」と、背中を押してくださいました。被災者の方々の気持ちが穏やかに、固まっている心が少し手でも柔らかくほぐれるように願いを込めて、「ふるさと」や「アヴェ・マリア」「黄昏色」「海の守り神」といった曲を演奏しました。
笑みをたたえる方は当然いませんでしたが、涙を流しながら聴いてくださる方がいました。その中に、「津波で海がものすごく怖かったけど、前田さんのフルートを聴いていたら、太陽の光できれいに光っている波が見えました」と、言ってくださる方がいて、私は胸が熱くなりました。
――被災地では何の力にもならないと思っていた音楽への考え方は変わりましたか
音楽って、ハッピーになるために聴いたり、複数の人で聴いて喜びを分かち合ったりするものだと思っていました。でも、被災地を訪れ、苦しみや悲しみを抱えている人たちを前に演奏するとなった時に、私は聴いてくれる方の心情を想像し、できる限り一体感を心がけて演奏する中で、負の気持ちを一緒に共有できるのも、音楽の力だと感じたんです。凍っていた心をとかすような、固まっていた身体が動き出すような、そのきっかけになって、心に優しく触れる力があるのだと思いました。
人の悲しみに寄り添える演奏ができたとしたら、音楽家として幸せなことです。「闇」という字は「門」の中に「音」があります。暗闇でも人の言葉、人のつくる音は感じることができるのです。