『ミャンマー近現代史から見たクーデターの背景』 平和に向けて今、できることは 上智大学教授・根本敬氏

ミャンマーの未来に向けて

クーデターを起こした国軍は4月9日、非常事態宣言を2年間延長すると発表しました。すでにアウンサンスーチー氏にさまざまな容疑をかけ、政治的権限をはく奪し、NLDの解党に向けた措置も取り始めています。非常事態宣言の解除後は総選挙を実施し、軍の息のかかった政権を樹立する――。その体制を恒久的に維持することが国軍の長期的なシナリオだと言えます。

これに対して、デモなどで国民の抵抗が続いています。国民はこの10年間続いた民主化と経済改革、国際社会に開かれた自国の歩みが、国軍の不当な権力と命令によって突然閉ざされたことに反発し、各人が自発的に行動し始めました。これは国軍の想定外の出来事でした。

国民の抵抗は「市民的不服従運動」(CDM)と呼ばれるもので、アウンサンスーチー氏の思想に由来します。彼女は1988年に活動を始めてから、国民に対して「不当な権力と命令には義務として従うな」と訴えてきました。西欧政治思想の「市民的抵抗権」ではなく、「市民的抵抗義務」である点に特徴があります。この源流はガンディーの非暴力・不服従運動です。

今回の国民の抵抗は、リーダー不在のまま、SNSを活用した連帯によって行われています。目立つのが10代、20代の若者です。両親や祖父母から軍政がいかにひどかったかを聞いていて、暗黒の時代に戻りたくないとの思いで行動しています。また、多くの公務員が職場を放棄しました。総じて、庶民を中心に非暴力による抵抗が続いていると言えます。

この不服従運動の広がりを追い風にして、NLDの議員らで構成する「連邦議会代表委員会」(CRPH)が臨時政府をつくり、新憲法案を示して諸民族が対等に参加する民主的な連邦国家の建設を国民や国際社会に訴えています。

国民の抵抗、NLDによる臨時政府樹立の動きに対して、国軍は実弾発砲、令状なしの逮捕、SNSの規制、逮捕者の拷問など武力による封じ込めを強めています。大学や国立病院を占拠し、民間主要メディアの免許も取り消しました。

日本、そして市民にできる平和に向けた支援について語る根本氏

このような現状に対し、国際社会は一致できず、効果的な対応ができていません。国連のグテーレス事務総長は当初から、クーデターと国軍の暴力行為を非難し、民主的な体制に戻すように主張していますが、国連安全保障理事会では、中国、ロシアの反対で「クーデター」という言葉も使えず、暴力の停止を呼びかけるにとどまっています。

こうした状況にはありますが、日本政府には自国が「民主主義、人権、自由経済」に普遍的価値を置くG7(主要7カ国)の一員であることを自覚し、行動してほしいと思います。

その第1ステップとして次のことを提案します。クーデターと国民に対する暴力行為への非難声明を繰り返し発表する。軍最高司令官への説得を重ねる。その際には、ASEAN諸国(東南アジア諸国連合)との連携も必要になるでしょう。さらに、人道支援を除く新規のODA(政府開発援助)を停止し、臨時政府との接触も始めるべきでしょう。

これらの取り組みで効果が得られなかった場合、第2ステップとして、経済協力、特にODAの縮小・停止、臨時政府との接触の強化が求められます。それでも効果が出ない場合は、国軍関係者への制裁と臨時政府の承認に向けた準備が必要になるでしょう。

一方、私たち市民はどう動けばいいでしょうか。今はSNSなどで現地の情報を受け取れますから、重要な情報を共有、拡散することができます。ミャンマー国民の生活を支援するクラウドファンディングも始まっており、そうした協力が可能です。在日ミャンマー人は3万人を超えますから、彼らとの交流、連帯も図れます。

また、宗教界によるミャンマーの平和と人権擁護のための祈り、諸宗教が協力してミャンマー国民と連帯することも大きな意味を持ちます。

2011年に国連では、全ての国と企業が守るべき世界基準として「ビジネスと人権に関する指導原則」が承認されました。現在600社ほどの日本企業がミャンマーで活動していますが、この原則に従えば、国軍系企業と合弁などの契約を結んでいる日本企業はただちにその停止を考えるべきでしょう。

私個人としては、「ミャンマー緊急支援チーム21#JUST Myanmar21」というクラウドファンディングを立ち上げ、活動しています。

国家同士の関係だけが国際関係ではありません。今こそ、市民同士の連帯を強めることが大切です。

(4月10日、『ミャンマー国民の叫び――政治、宗教、国際社会の役割』をテーマにした特別セミナー=アジア宗教者平和会議などが主催=から。文責在記者)

ミャンマー緊急支援チーム21#JUST Myanmar21 https://readyfor.jp/projects/justmyanmar21

プロフィル

1957年生まれ。ビルマ近現代史を専門とする。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授などを経て、現在、上智大学総合グローバル学部教授。『物語 ビルマの歴史 王朝時代から現代まで』(中公新書)、『アウンサンスーチーのビルマ 民主化と国民和解への道』(岩波書店)など著書多数。