共生へ――現代に伝える神道のこころ(13) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部准教授)
民間信仰で奉斎される石碑や石塔 我が国における神々の共生の姿が
地域神社の調査でまちあるきをしていると、今でもふと、路傍の石碑や石祠(せきし)、石像などに目を奪われることがある。小生が幼い頃、お盆に家族でお墓参りをした帰り、村境にあった石碑の存在が気になったことがあった。その石碑が何であるかを父に尋ねると、それは「サイの神さん(サイノカミ)だよ」と教えてくれた。さらに父は、石碑の近くに据え置かれていた力石(ちからいし)の意味合いに触れ、かつてこの石を用いてムラの力持ちを決めるために、村の若者らが集まって力試しを行い、その様子を見物する人々で賑(にぎ)わっていたという民俗行事の様子をも付け加えて話してくれたのを思い出す。
ウクライナ侵攻に宗教的動機を与えるキリル総主教(海外通信・バチカン支局)
ロシアのプーチン大統領は3月3日、国家安全保障会議の席上、「ロシア人とウクライナ人が一つの民族(国民)である」との考えを改めて主張した。ロシア正教会の最高指導者であるキリル総主教も9日、モスクワ総主教座大聖堂での説教の中で、「キエフの洗礼(ロシアへのキリスト教導入)から共に生まれ、同じ信仰、聖人、希望、祈りを分かち合うロシア人とウクライナ人は、一つの民族である」との確信を表明。ウクライナを手中に収めようとするプーチン大統領のドクトリン(説話)に宗教的基盤を与えている。プーチン大統領の「一つの民族(国民)」とは、ロシア帝政時代の国家観によるものといわれる。