栄福の時代を目指して(20) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

民間外交と仮想的議員の行動――デジタル民意の代表者
この運動は、署名に支えられて段階的に政治的なアクションを拡大していくという構造を持っている。その第一段階が、イラン大使との面談であった。
これはただの訪問ではなく、「民間外交」の実践だった。高市内閣が硬直的な対米追随姿勢に偏して、ホルムズ海峡の日本船舶通過の交渉を積極的にイラン政府としないので、元首相や前・元議員らがイラン大使と直接対話を行い、日本国内に友好的外交を求める世論が存在することを伝えたのである。
そしてイラン大使の説明によって、友好的外交と事前調整によって、ホルムズ海峡の日本船舶通過が可能になり得ることや、出光丸の通過は、歴史的友好関係に基づいてイラン政府が独自に判断したものであることが明らかになった。この問題は、日本の生活・エネルギー・物流・平和に直結しているからこそ、日本政府には、日本船舶通過のための友好的な個別交渉が求められる。
ここで大事なのは、「友好的外交」が人々の危機を救う現実性を持つことを明らかにした点である。平和とともに生活・エネルギーを守るための現実的提言であるが故に、保守・中道層にも響くはずだ。
そして、運動は次の第二段階に進もうとしている。それは、署名によって形成された市民世論を実際の政党政治に結び付ける段階だ。ここでも重要になるのが、前・元議員の存在である。今回の声明では、「誰が署名に現れている民意を媒介するのか」が明記されている。その役割を果たし得るのが、前・元議員なのである。
その背景には、倫理的に不正な疑いのある選挙がもたらした歪みがある。つまり、現在の議席配置は、必ずしも「本来の民意」を完全に反映したものとは言えないと推定される。前述したように、もし選挙環境が公正だったなら、野党には、本来当選していたはずの前職議員が少なくなかったかもしれないのである。
ここから、今回の運動独自の論理が生まれる。すなわち、野党系の前議員は「落選者」というよりも、「歪められた政治状況の結果として落選したものの、通常の前議員よりも大きな民主的正統性を持つ存在」なのかもしれない。したがって、この運動に参加する前議員の声には、通常の民間人以上の政治的意味がある。
そこで倫理的には、政府外交への再考を求める前議員たちの声を、各政党や政府は、傾聴しなければならないことになる。なぜなら、この前・元議員たちが、「倫理的に不正な選挙が行われていなければ、今も現職議員だったかもしれない」という存在だからだ。署名者のデジタル民意に支えられた「仮想的議員(バーチャル議員)」と見なせる。もちろん、これは制度的な議員資格を意味するのではなく、失われた熟議空間を回復するための公共的媒介者としての代表を意味する。
仮想的な状況を考えてみよう。もし倫理的な不正選挙が行われていなければ、衆議院でも、立憲民主党議員、あるいは中道左派的議員を含む野党勢力は、今頃もっと鋭く政府外交を追及し、イランとの友好的外交によってエネルギー危機を回避する道を提示していただろう。そうすれば、上述のような危機的状況は和らげられていたかもしれない。生活苦や経営難に苦しむ人々は救われていたかもしれない。だからこそ今、署名者のデジタル民意を代表して、前・元議員中心の「仮想的議員」が、人々の「声なき声」を政党や政府へ届けようとしているのである。
そのような人々がいなければ、いくら通常の市民が不満を持って憤っても、イラン大使との面会も、そして政党などへの直接の要請も難しい。「デジタル代表」たる「仮想的議員」の意義は極めて大きいだろう。
もちろんこのデジタル民主主義は、代議制民主主義を否定するものではない。むしろ、代議制が十分機能しない危機状況において、有識者と連携する前・元議員が人々の「声なき声」を代表し、「失われた代表機能」を一時的に補完する試みである。つまり今回の運動は、通常の市民運動ではなく、危機時代における「補完的民主主義」の実験でもある。
超党派・超宗派による「共通善」実現――国民生活と国益のための徳義共生外交
直接民主主義の理論を提起した中心的思想家はジャン・ジャック・ルソーである。彼の思想は、人民主権論や、「一般意志」という概念を提起して、友愛の理念によるフランス革命を鼓舞した。当時の専制王権による抑圧に対し、人々の意思と行動による大革命を実現して、今日の人権や民主主義の実現に寄与した。
今、倫理的に不正の疑いのある選挙によって、議会を軽視して専制的な振る舞いをする政権が出現した。そして、エネルギー危機の到来という現実を無視して、アメリカ追従外交に固執し、人々の生活や事業に塗炭(とたん)の苦しみを招きつつある。これが、まさしく「国難」である。よって、これに対して、人々の意思をデジタル署名という形で結集する運動が立ち上がった。
もっとも、直接民主主義とはいっても、この運動は反体制的急進主義ではない。むしろ、たとえば中道政治そのものが本来持っていたはずの現実主義的外交感覚――すなわち、イデオロギーよりも国民生活、エネルギー安定供給、平和的安定を優先する感覚――を回復させようとしているのである。これが「生活と平和を守るために――イランとの友好的外交による船舶通過の実現を求めます」という署名タイトルに現れている。ここでいう「友好的外交」とは、国家間における友愛により共生を目指す外交という意味である。
ルソーの「一般意志」という概念は、「私益の総和」としての「特殊意志」とは区別され、共通善ないし公共善と関連が深い。日本人の共通の善、公共的な善を、人々の意志として示すのが、日本人の「一般意志」だ。
エネルギー危機回避は、単なる特定利益ではなく、日本社会全体の持続可能性に関わる公共善である。よって、エネルギー危機の克服と、日常的な生活や事業を回復することは、日本人の共通の願いであるが故に、ルソーの言う「一般意志」であり、この実現が共通善というわけだ。
この「共通善実現」という目標については、イデオロギー的な左右の相違とは関係がない。よほど特殊な考え方でなければ、党派的差違を超えて、ほとんどの人々が共通の一般的意志として、ホルムズ海峡の日本船舶通過を願うだろう。つまり、これは超党派的に共通善を目指す公共的な運動なのである。
日米同盟を尊重する人も、心配には及ばない。トランプ政権は戦争に勝てず、覇権的影響力が低下しつつあって、船舶通過に関して自分の意志を実効的に押し付ける力を失っている。だからこそ、韓国をはじめアメリカ同盟国がイランとの交渉を行っているのである。日本だけが、唯々諾々(いいだくだく)としてトランプ大統領の意向に硬直的に従う必要はなく、日本国民の生活と、日本自身の国益の実現を図るべきだ。これが、前回に述べた「徳義ナショナリズム」の要請に他ならない。
そして、そのために行動することこそが、倫理的な大義に適う。前回に述べたように、トランプ大統領は国際法違反を犯すとともに、倫理的な不正行為を戦争という巨大な規模で行っている。それに加担すること自体が倫理的な共犯関係に陥ることになる。だからこそ、そのような「邪道」に陥ることなく、日本人の生活と日本の国益のために行動することが、地球的な規模における共通善に即している。そのためにイランとの友好外交が、国民の共通善、そして国益のための徳義共生外交、友愛外交として求められているのである。
プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。





