利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(88) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

リベラリズムに代わる新しい道徳的政治理念の必要性

私自身は、敗者となった蓮舫氏を責める気にはなれない。本来ならば出馬と健闘を讃(たた)えたいところだ。その主張は、政党政治における野党政治家として外連味(けれんみ)のないものだった。政権の問題を鋭く指摘して、それに代わるべき政治や政策を訴えたからだ。これは、民進党代表も務めたことのある蓮舫氏の見識や、これまでの一貫した政策的主張に基づいている。残念ながら、政党政治という観点からすれば真っ当なこの主張よりも、既存政党から距離を置いた小池知事や石丸氏のスタンスの方が若年層などを引きつけたわけだ。

私は、立憲民主党には、明確な理念を掲げるように求めてきた。現在の同党代表は理念や政策が不鮮明だったからだ。ところが、蓮舫氏はこの点で旗幟鮮明(きしせんめい)である。だからこそ、演説会場は支持者たちの熱気に溢(あふ)れ、蓮舫コールが巻き起こったのだろう。小池知事との間には、前回で書いたように、右派ポピュリズムの排他主義と、リベラル左派という対立関係が明確だった。これは、政党政治としては望ましいことだ。

それでも蓮舫氏は敗北した。なぜだろうか。蓮舫氏は知名度が高いにもかかわらず、現在の政権や自民党に批判的な人でも、同氏に票を入れることには消極的な人も多かった。その一因は、同氏が台湾系で、二重国籍問題も議論されたからだ。家族の問題が報じられたこともあり、これらが複合して、自民党に憤っている人に立憲民主党所属の候補への投票を躊躇(ためら)わせたと思われる。

前回に述べたように、排他主義的な都民ファーストとの対抗関係において、台湾系という属性は多文化主義という対立軸をなす。弱者への配慮や、結婚にこだわらない多様な社会づくりなど、この属性や政策はまさにリベラリズムの思想に即している。

しかし残念なことに、理想を掲げることが直ちに勝利に結びつくとは限らない。今回の選挙においては、リベラリズムの典型のような候補者・政策よりも、与党の腐敗政治批判のみに焦点を合わせる候補者・政策の方が、これまでの自民党支持票を獲得できただろう。そのような人々は必ずしもリベラリズムに共感せず、政治的には中道的で穏健な立場のことが多く、さらには保守的な立場の人も少なくはないからだ。

そのような人々に対しては、道徳的な政治批判を軸にする中道的な訴えの方が心に響いたはずだ。これは、まさしく私が唱道する徳義共生主義(コミュニタリアニズム)である。

つまり、今回の選挙に関しては、蓮舫氏は、理念を十分に打ち出さなかったから敗北したわけではない。リベラリズムの理念をストレートに体現する候補者と政策だったから、予想外の敗北に終わってしまったのだろう。よって、ポピュリズムの攻勢に対して、野党に求められるのは、理念の刷新である。

リベラリズムの理念から、徳義共生主義の新しい道徳的理念へと転換すべき時が来た。この認識こそが、都知事選を振り返って私たちが考えるべきことだろう。これが、大きな選挙に勝利するために、そして新しい日本への転換を実現するために望まれることなのである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)』など。

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