利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(88) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

東京都知事選におけるポピュリズムの勝利

東京都知事選は、小池百合子知事が圧勝した。当初は前参議院議員の蓮舫氏との与野党対決とみられていたが、実際には広島県安芸高田市の前市長・石丸伸二氏が2位で、3位となった蓮舫氏は惨敗と評されている。この選挙をどう考えるべきだろうか。

小池知事は、実際には自民党の支援を受けたから、このところ重要な選挙で敗北が続いていた自民党や政権は安堵(あんど)しただろう。もっとも、東京都議会議員補欠選挙では自民党が敗北した(2勝6敗)から、自民党が支持を回復したというわけではない。小池知事は都民ファーストの会を率いていて、この党自身は、もともとは自民党と対抗するポピュリズム政党と見なされている。

この点では、2位となった石丸氏にも共通性がある。石丸氏は、日本維新の会の推薦を断り、政党の支持を受けなかった。そして、YouTube配信などのネット活用戦略が若者の関心を引いて浮上した。東京の過密解消・多極分散や産業創出などを軸とする政策には、さほどの注目は集まらず、むしろ「政治屋の一掃」という既存政治批判が共感を呼んだとされている。つまり、石丸氏は、政党政治と距離を置き、外部から既存政治を批判したことによって、若い人たちの共感を得た。

このような既存の政治的エリートの批判は、ポピュリズムの特色の一つだ。ポピュリズムは、多くの政党とは異なって、体系的な思想や精緻(せいち)な政策を主張するのではなく、その代わりに、人々の興味や関心を引くムードをつくって支持を得る。この点で、石丸氏は、ネットによる訴えをうまく活用して若者の支持を得た“ネット選挙型ポピュリズム”と言うことができよう。

これに対して、前参議院議員の蓮舫氏は、立憲民主党と共産党などの(政権に対して)批判的な野党の支持を得て、その政策も、裏金問題などの与党批判という点で明快だった。さらに、多子世帯への家賃補助、非正規格差解消などの少子化対策や、私立高校の実質無償化継続などの子育て・教育支援、明治神宮外苑再開発問題への対応などは、弱者救済も含んでいて政策としてもっともなものであり、演説では支持者たちが熱狂していたという。

よって、勝利したのはポピュリズムであり、敗北したのは与党に批判的な野党である。ポピュリズムと通底する特色は、都知事選におけるさまざまな事象にも現れている。56人もの候補が乱立し、都政とは無関係の主張やアピールが行われて、眉をひそめる人も少なくなかった。政治を真摯(しんし)に考えて立候補をしているのかどうか疑わしい候補者もいた。これらは、首都・東京の住民たちの政治的意識の質を象徴している。

民主政治では、古代ギリシャにおいて、民衆に迎合する人気取りの政治家が中心になったことによって、アテネが衰退の道を辿(たど)った。この政治を衆愚政治と呼ぶ。東京都知事選は、現代日本において、衆愚政治が繰り返されているのではないか、という懸念を抱かせる。繁栄を極めたアテネが衰退してしまったように、日本もその道を歩んでいるのではないかという憂いを感じざるを得ないのである。

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