現代を見つめて(80) 「唯一無二の存在」の尊さ 文・石井光太(作家)

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「唯一無二の存在」の尊さ

――二一六万。

この数が何だかわかるだろうか。日本国内で大麻や覚醒剤など違法薬物を使用した経験のある人の推計だ。愛知県名古屋市の人口とほぼ同じである。

かつて違法薬物の使用は、非行少年がシンナー遊びをきっかけに、大麻や覚醒剤へと拡大させることが中心だった。不良文化が衰退した今は、一般の人がSNS経由で危険ドラッグに気軽に手を出したり、eリキッド(大麻の成分を凝縮したもの)など新種の違法薬物を遊び感覚で体験したりして深みにはまるケースが増えている。

違法薬物使用の行き着く先は依存症と人生の破滅だ。脳が薬物の快楽をインプットしてしまえば、その誘惑があらゆることを上回る。白い粉を見ただけで、全身から汗が噴き出し、脳が違法薬物のことで占領される。恐ろしい禁断症状も待っている。

日本全国に薬物からの回復施設は数あるが、依存症からの脱却は容易ではない。入所者の八割以上は途中で逃げ出すか、数年後には再び手を出すかする。

成功した人たちは何が違ったのか。薬物依存回復施設「茨城ダルク」の岩井喜代仁代表は言う。

「クスリをやらずにいたいなら、長年大切に築き上げた唯一無二の存在を持つことです。配偶者でも、子供でも、仕事でもいい。次にクスリをやれば、人生をかけて築いたそれを失ってしまう。そう自分に言い聞かせ、その日その日を乗り切るしかないんです」

昨年の大みそか、モデルの亜希さんがSNSに「清原家の人々」と書き、元夫で元プロ野球選手の清原和博さんを含めた家族四人の写真をアップしたことが話題になった。こんな家族を二度と失いたくないという思いが、今の清原さんを支えているのは想像に難くない。

それにしても亜紀さんのたくましさには目を見張る。芸能人としてのイメージを考えれば、完全に縁を切った方がいいはずだ。しかし、彼女にはそれより大切にする何かがあり、優先した。だからこそ、その何かに清原さんだけでなく、大勢の人が心を震わされたのだろう。

人生には、違法薬物以外にも様々な苦難がある。人は一人ではそれを乗り越えられないからこそ、誰かとつながろうとする。戦争や感染症や物価高といった言葉が躍る不透明な一年がはじまる今、そんなつながりを大切にしたい。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。

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