現代を見つめて(79) 合理性と感情 文・石井光太(作家)
合理性と感情
先月、二〇二二年の出生数が七十七万人前後となると推計された。前年と比べても五.一%減であり、日本の出生率は超低空飛行を続けていると言わざるをえない。
日本人の若者の中で結婚願望が弱くなっていることはよく知られている。クロス・マーケティング社の調査では、二十~三十代の四割が「結婚願望なし」と回答している。
理由として指摘されるのが、経済的な問題だ。現在、子供を一人育てるためにかかる費用は約三千万~六千万円。平成の不景気の中で育った若者たちは、結婚を「コスパ(費用対効果)が悪い」と考えて躊躇(ちゅうちょ)する傾向にある。
ただし、先の調査では、それ以外にも結婚願望がない理由として次のようなものが挙がっている。
二位 人付き合いが苦手だから
三位 趣味に力を入れたいから
ここからわかるのは、若者が恋愛自体を苦手で面倒だと思っていることだ。
そもそも、恋愛における「愛(いと)おしさ」とか「幸福」といったものは、客観的な尺度で測ることのできないものだ。高まる感情に突き動かされ、コストや得手不得手を超越するものだろう。
だが、日本社会は不況の中で子供たちに合理性ばかりを求め、心の豊かさを育むことをしてこなかった。その結果、感情を後回しにし、目に見える尺度で人生を決めようとする。
むろん、昔から玉の輿(こし)やお見合いがあったように、結婚にある程度の「計算」があるのは当然のことだ。だが、人生は計算で測り切れないものの方が圧倒的に多い。そこを乗り越えるのは、感情の高まりであったり、心の柔軟さであったり、豊かな共感性だったりする。それが当人に固有のものだからこそ、唯一無二の幸福が生まれる。
国は、出産育児一時金など経済支援によって出生率を上げようとしている。それはそれで重要なことだが、同時に合理性だけにとらわれず、時には感情のままに動くことの喜びや大切さを伝えていく必要もあるのではないか。
プロフィル
いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。