利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(68) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

政治的儀礼による宗教的希薄化と宗教の危機

この観点からすると、安倍氏国葬には、これまで論じてこなかった問題もある。安倍氏の私的な家族葬はすでに7月12日に増上寺で行われている。安倍氏の実弟である岸信夫防衛大臣(当時)の指示でここに陸上自衛隊の儀仗(ぎじょう)隊が参列しており、公私の壁が崩れている。

儀仗隊参列は、公共性という観点から問題であると同時に、宗教性という観点からも儀式に似つかわしくないのではと思われる。しかも、国葬は、通常の葬儀とは違って安倍氏の魂の行方とは関係がないから、これは宗教的儀式に似せた政治的儀式である。実際には、ここに本当の宗教的意味はなく政治的意味があるだけなので、安易な国葬は葬儀一般の宗教的儀礼の意味を薄れさせかねない。しかも、宗教に似た擬似的儀礼を行うことは、故人を礼賛して正統化する雰囲気を作り出して、ファシズムで見られたような「政治的(擬似)宗教」への道を開く恐れすらあるのである。

さらに政権が旧統一教会問題に対して厳正な対処を行わなければ、このカルト的宗教の布教や政治的活動を黙認するも同然となる。このような全体主義的宗教を放置すると、健全な諸宗教までもカルトと疑う人が現れてしまうだろう。

よって、安倍氏国葬と、旧統一教会問題の放置は、いずれも宗教的儀礼の希薄化や健全な宗教への不信感を助長してしまうだろう。これもまた深刻な問題であり、この点にも鑑みて、政治や宗教の浄化が進められなければならないのである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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