利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(64) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

ポジティブなビジョンの提示と理想主義的現実主義

同時に、人々に希望を与えるポジティブなビジョンを提起するのも、政治の使命である。衆院選における野党第一党(立憲民主党)の敗北の一因は、新型コロナウイルス感染症という世界規模の危機に対して、権力を善用して健康や生命という「公共善」を守る大きな改革案を打ち出さなかったことにある。今は、新型コロナウイルス感染症とともに、上記の道徳的危機・経済的危機・軍事的危機に対して、権力を善用して「公共善」の実現を図るというポジティブな理念とビジョンの提示が政治には必要だ。今回の争点に即して言えば、倫理性・民生・平和などの理念を達成するための改革ビジョンである。

とはいえ、これは思想的観点からの理想だから、現実の選挙においては、上記のような要請を全て満たす政党や政治家を見いだすのは難しいかもしれない。宗教的・倫理的理念には、現実政治との狭間(はざま)で、このような困難に逢着(ほうちゃく)することが多い。その中にあって大事なのは、理想を堅持しつつ、現実の中でその理想を最も反映できるような道(理想主義的現実主義)を探ることだ。良識や精神性のある有権者が熟慮して、選択可能な範囲で最善と思える政党や政治家に一票を投じ、後悔することのないような政治的参加をすることを願いたい。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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