現代を見つめて(61) ミャンマー政変に思う 文・石井光太(作家)
ミャンマー政変に思う
日本にいると、ミャンマーで起きた国軍のクーデターが、ずいぶん前のことのように思えるかもしれない。
国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー国家顧問を軟禁したのは、今年二月のことだ。反国軍デモを起こした国民に銃口が向けられたのは三月。
当初、日本のメディアは大々的に事件を報じたが、四月以降は取り上げる回数が減っていった。わずか二~三カ月で、あれだけの事件が「過去」のものになりつつある。
都市ヤンゴンで、デモに参加した三十代のミャンマー人がいる。私の十五年来の友人である彼は、次のように語っていた。
「街は、二月のデモの時よりは、だいぶ落ち着きました。国軍や警察に押さえつけられて、諦めかけている感じです。国内では、国軍や警察への反発、混乱に乗じて政治活動をする人への不信感など、様々な対立ができています。今後これは社会問題につながっていくでしょう」
国軍は、民衆のデモを鎮圧するために実弾を発砲して多数の死者を出した。人々の中には、国軍の命令に従った警察官個人に怒りをぶつけたり、その家族を逆恨みしたりする者が出てきているという。
逆に、警察官の中には武力によるデモ鎮圧を躊躇(ちゅうちょ)する者もいた。彼らの一部は、命令に背いて隣国のインドなどへ「クーデター難民」として逃れた。だが、国軍が実権を握っている今、帰国すれば反逆者と見なされ、隣国に残れば困窮した生活を余儀なくされる。己の正義に従ったがゆえに、そんな状況に置かれているのだ。
さらに、政治的混乱に乗じて、何かしらの利権を手にしようとする人間も現れていると聞く。
国際政治の上では、国の治安が安定すれば、何事もなかったかのように物事が動き出す。だが、国民はその後も分断という問題を抱えて生きていかなければならない。それは後に必ずトラブルや社会問題の火種となる。
友人は次のように語った。
「クーデターは、政治だけの問題じゃなく、人々の人間関係を引き裂き、生活を壊し、人生設計を根本から崩します。それは政治が落ち着いた後も続き、何年も何十年も重荷となって圧(お)しかかるんです」
政治の問題に目を向けるだけでは、そこに生きる人々の気持ちに寄り添うことにはならないのだ。
プロフィル
いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。