利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(44) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

自律的な学問・宗教の価値と使命

「自由」は、信教の自由から始まって、言論・結社の自由、学問の自由というように拡大発展し、これらは近代憲法の根幹になっている。メディアに続いて学問に介入することは、まさにこれらの自由を実質的に縮減することである。その願望は、政権の方針に反対する人々や団体の力を殺(そ)ぎ、正しい法や規則、さらには真理を無視して、思うがままに支配したいということに他ならない。その典型例が暴虐な専制権力である。

近世の絶対主義的権力に抵抗して自由と民主主義を確立したのは、キリスト教的な「真理」に基づく宗教的情熱や、当時の新しい思想や学問に基づく民主主義的高揚だった。その支柱となったのは、権力に操られない自律的な宗教活動・思想的活動・政治運動であった。

だからこそ、権威主義的な権力は自律的思考・組織を嫌って統制しようとする。今や、メディアに続いて、日本を代表するアカデミーが隠然たる圧力の的となっている。学界を屈服させることに成功すれば、次は宗教界にもその刃が向かいかねない。戦前には、屈指の学究が最高学府から追放され、宗教団体も悉(ことごと)く統制下に置かれて、学問的自由・宗教的自由が奪われ、ついには自由そのものがなくなったのである。

宗教的真理であれ学問的真理であれ、真理そのものに立脚する思考や行動、そして団体は、世俗的政治権力の下僕になってはならず、まさに高き「総合的、俯瞰的」観点から逆に政治権力を嚮導(きょうどう)する存在でなければならない。新型コロナウイルス問題では、科学的見地からの適切なアドバイスが感染拡大を阻止すべく権力を導いて人々の健康を守るべきである。こと徳義の問題に関しては、宗教的・倫理的な声が政治権力の腐敗を食い止めてその浄化を促していく必要がある。自律的な学や宗教は、世俗的政治権力を善導するという貴重な使命を担っており、その命運はまさしく一国の興廃を決するのである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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