利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(39) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

二重の危機的事態に精神的再建を

新型コロナウイルス感染症の流行は、世界大の文明的問題だ。しかし、日本の被害が長期化して拡大しつつあるのは政策的失敗によるものであり、日本国家自体に問題があるからと言えよう。

この緊急事態の最中に、政権は、検察官の定年延長を可能にする検察庁法改正案を強引に成立させようとしている。これに対して、政治的発言をこれまでは避けてきた俳優や芸術家なども含め、ツイッターによる反対の意思表明が、5月9日から12日までの3日間で900万件前後に上った(東京新聞5月13日付)。さらに元検事総長ら検察OB・14人が法務省に異例の意見書を提出して、首相の発言がルイ14世の「朕は国家である」という「中世の亡霊のような言葉」を彷彿(ほうふつ)とさせるとして、近代憲法の原理を提起したジョン・ロックの「法が終わるところ、暴政が始まる」という名言を引いて、法案の撤回を求めた(同5月16日付)。「権力分立」という近代国家の基礎が崩壊して、独裁国家へと進みかねないからだ。

新型コロナウイルス問題の長期化、これによる死者の増加、経済の破綻、加えて政治の独裁化は、国家そのものを危うくしかねない。今は感染症と政治という二重の危機的事態が進んでいるのだ。破局を避けたければ、先人の知恵にならって、国家規模の精神的・倫理的刷新を行わなければならないだろう。

近代国家では、古代のように朝廷が公的な祈祷を大々的に行うわけにはいかない。民間の個々人が上述のような宗教者の呼び掛けに応え、それぞれの方式により、疫病の終息と近代国家護持のために祈り、意志を示すしかない。「護国三部経」とされた『金光明経』『法華経』『仁王経』はもとより、他の経典に即してもいいし、他の宗教の方式で祈ってもいいだろう。一人ひとりが心を落ち着けて祈り、考え、意見を表明する――歴史的寺院の呼び掛けやツイッターによる意思表明が示しているように、工夫すれば緊急事態下でも私たちには行動することができる。それによって、政治経済を倫理的に甦(よみがえ)らせ、国家全体の精神的再建を目指そうではないか。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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