利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(27) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

令和時代の精神的基盤は?

政府は「令和」を国書である『万葉集』に由来するとしたが、それはさらに漢籍に遡(さかのぼ)ることができるし、これは日本文化と中国文化の密接な関係を表すので悪いことではない(第26回参照)。さらに漢籍の出典の一つは後漢時代の張衡(78-139年)という政治家・科学者・詩人の漢詩『帰田賦(きでんのふ)』という作品であり、当時の中国の政治がひどかったので高位の官僚だった彼はそれに耐えかねて、辞任してこの詩を作った。そこには老荘思想の影響があるとされる。ここから、今の日本政治の荒廃を揶揄(やゆ)する意味をこの年号に見て取ろうとする人も少なくないようだ。

このような精神的危機を克服するためには、どうすればよいだろうか。前述したように、今の混乱は日本だけではなく文明全体の問題なので、政権や国家主義を批判するだけでは十分ではないだろう。私たちは、「麗しき平和」を可能にする世界的な精神的原理を探求しなければならない。

そのために必要なのは、次のようなことだろう。第一に、「令和」が中国文化と日本文化の混合であるように、新しい原理は西洋文明やインド文明も含めて、世界の諸文明の遺産を統合的に活かすものであることが望ましい。そうであって初めて、新しい地球的文明における平和に寄与していくことができるからだ。

第二に、神道・仏教・キリスト教といった伝統的宗教を活かす際に、千年以上前の教えにそのまま戻るのでは、時代錯誤になりかねないから、ちょうど戦後の新宗教が当時の民主主義の息吹を伝えているように、近代文明の成果を活かしつつ、今日の社会的要請に応える必要がある。今日の科学や政治経済システム、社会の積極的意義を踏まえて、それを発展させることが大事だ。

これらを実現するためには、世界的視角から宗教や倫理の公共的意義を見据え、新時代に合わせて新たに展開し、人々の精神性と政治的・社会的道義を復興していくことが必要になる。そうすれば、近代西洋文明に代わる地球的新文明の形成にも寄与できるだろう。精神的に香り高い「麗しき平和」の時代を、日本から築いていきたいものだ。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など