『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(20) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

「尊皇」の志は今に生かせるか?

明治維新で活躍する幕末の志士たちは、日本が植民地化される危険を察知して、専制的な幕府を打倒することを決意した。幕府に抑圧されていた天皇を尊崇し、その旗印のもとで新しい政治体制を作って国家の独立を守ろうとしたのである。当初は『尊皇攘夷』がスローガンとなっていたが、武力では西洋諸国にかなわないと分かり、「攘夷」をやめて「倒幕」へと目標を転換した。天皇に忠誠を尽くして勤めるという意味で、「勤皇」という言葉が用いられた。

そこで、1967年の「大政奉還」によって第15代将軍・徳川慶喜が政権を朝廷に返上した後、新政府の設立を宣言する「王政復古の詔」が出された。これは、古代のような天皇中心の政治に戻すということである。日本国全体の祭主たる天皇のもとで神道中心の宗教的政治を再興するという考え方もあった。

今日、明治時代を顕彰する右派の中には、こういった理想に共感する人もいるのだろう。今の憲法では国民主権や政教分離が大原則となっているが、これらは、敗戦によって海外から押しつけられたものだから、明治時代の理想に戻したいというわけだ。だからこそ、改憲が右翼政治の大目標になるのである。

この理想に賛成しない人も多いだろうが、ここでは仮に、天皇を尊敬して宗教的な政治を再興するという「尊皇」の理想はよしとしよう。とすれば問題は、それが可能かどうか、そして実現のためには何が必要か、である。

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