現代を見つめて(26) 「冤罪」の値段 文・石井光太(作家)

「冤罪」の値段

司法取引が、六月一日から導入された。犯罪者が共犯者の存在を明かせば、代わりに刑を軽くしてもらえるのだ。

米国など海外でも司法取引を導入している国はあるが、冤罪(えんざい)が起こる可能性が指摘されている。犯罪者が刑を軽くするために、共犯をでっち上げることがあるというのだ。

ところで、次の金額が何だかご存じだろうか。

〈一時間五二〇円〉

日本の最低賃金? いや、そうではない。沖縄県などの最低賃金でさえ七三七円ある。

実は、冤罪が判明した時に、国が支払う賠償の最高額なのである。

先日、布川事件で冤罪が認められた桜井昌司氏にお会いした。彼は警察の取り調べで自白を強要されたことによって殺人犯にでっち上げられ、無期懲役の判決を受け、二十九年間も身柄を拘束されていたのだ。彼はこう述べていた。

「警察は事件の筋書きを決めたら、容疑者から証言を引き出してそれに当てはめようとします。証拠がなくても、自白があれば事実となり有罪が決まってしまうのです」

なぜ不利な自白をするのかと考える人もいるだろう。桜井氏は能弁で頭も切れるが、取り調べという特殊な環境で精神的に追い詰められ、言われるままになってしまったという。知的障害者や精神障害者など、世の中には桜井氏以上に冤罪に巻き込まれやすい人は大勢いるはずだ。

桜井氏は、逮捕から四十四年の歳月をかけて、二〇一一年になんとか再審無罪を勝ち取った。だが、強引な取り調べをした警察や検察は自らの罪を認めて謝罪することはせず、国から支払われた賠償額は一日あたり一二五〇〇円(一時間あたり五二〇円)だけだったという。

桜井氏本人からこの話を聞いた時、私は国の「責任」について考えずにはいられなかった。

国家機関が過ちを犯すことはあるだろう。だからこそ、本来はそれが起きた時、きちんと事実関係を認めて謝罪をし、適切な補償をした上で、再発予防に努めなければならない。だが、国はそうした責任を放棄しているのだ。

司法取引による冤罪は、殺人事件だけでなく、詐欺でも、性犯罪でも、暴行でも、窃盗でも起こり得る。

私たちは警察や裁判のあり方に対して、もう少し自覚的になる必要があるだろう。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)など著書多数。近著に『世界で一番のクリスマス』(文藝春秋)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)がある。

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