食から見た現代(31) 小さな日常を得る場所 文・石井光太

写真はすべてブリッジフォースマイル提供

横浜駅から徒歩5分ほどのマンションの2階に、「B4S PORT よこはま」という小さな看板が掲げられた部屋がある。

ここは認定NPO法人「ブリッジフォースマイル」が横浜市から委託されて行っている親を頼れない若者の相談・居場所事業所だ。原則週3日(金、土、日、祝日)、14時~20時まで交流の場としてオープンしており、希望者は300円を支払って夜の食事会に参加できる。

部屋の中のリビングにはカラフルな絨毯(じゅうたん)が敷かれ、明るい色彩のソファー、テーブル、クッションなどが置かれている。大きな冷蔵庫の他に、業務用の冷凍庫も置かれ、キッチン用品も揃(そろ)っている。20人くらい大人が集まってパーティーを開くことも可能な広さだ。

2026年の夏のある日、この部屋では流しそうめんの食事会イベントが行われていた。訪れた若者たちが、専用のレールにそうめんを流して食べるのだ。参加者の多くが初めての体験で、そうめんが流れてくるごとに楽しそうな声が上がる。

この日は、そうめんの他にも、鶏、エビ、カボチャ、ナス、鮭、トウモロコシなど様々な揚げ物が用意された。イベントの後半にはデザートとしてブドウやアイスの実などもレーンで流し、午後8時の終了時刻までいつにも増してにぎやかな時間がつづいた。

「B4S PORT よこはま」には、6人の専属スタッフがいる。その一人である小野寺涼子氏(39歳)は話す。

「食事会には、スタッフに加えてサポーターと呼ばれる中高年のボランティアの方々が集まり、夕方から近所のスーパーへ食材を買いに行って準備をします。食事代は300円と安いですが、うちの団体の支援者の方々やフードバンクからたくさんのお米や野菜やお肉などの食材を頂いているので、料金以上の豪華な食事を出せる上に、お米やインスタント食品などのお土産も持ち帰れるようにしています。毎週のように学校や仕事の帰りにやってきて、閉所の時間まで過ごす子たちもいます」

家でなく、ここに居場所を見いだす若者たち。スタッフから見える彼らが直面している現実とは何だろうか。
 

近年、日本ではNPOなどの様々な支援団体が居場所事業を展開している。家庭に問題を抱えていたり、障害や病気があったりする若者たちが訪れ、気軽に過ごせるような場所を提供しているのだ。これによって孤立を防ぐ、支援につなげるといった目的がある。

ブリッジフォースマイルが運営する「B4S PORT よこはま」もそうした居場所の一つだが、ここならではの珍しい特徴もある。利用者の6割は、児童養護施設や里親家庭の出身者なのだ。

小野寺氏は話す。

「ブリッジフォースマイルは、児童養護施設や里親の元で育った子どもたちの支援をメインに行っている団体です。彼らは高校や大学を出ると、頼れる家族がいない状態で生きていかなければなりません。そのため、私たちは巣立ちの前から彼らとつながり、巣立ち後のサポートまでつづけていく取り組みをしています。『B4S PORT よこはま』に限って言えば、それらの事業の一つという位置づけになっています。

利用は中学生から30代の人までが可能ですが、ボリュームゾーンは18歳~24歳です。もともとは利用者全員が施設出身者でしたが、2年前から家庭で育ったものの親に頼れない事情を持つ若者も受け入れています」

施設で育った若者たちは、入所中こそ親代わりの職員に身の周りの世話をしてもらえるが、社会に出た後はその関係性が希薄になり、しまいは、心を開いて相談できる相手がいないという状態に陥る。

ブリッジフォースマイルは、そうした若者たちを支えるべく、入所中から一人暮らしセミナーの開催、仕事体験、生活必需品の用意、奨学金支援プログラムなどを開催し、独り立ちした後も相談支援や同じ境遇の仲間と出会う機会の提供などを行っている。こうした中で「B4S PORT よこはま」は自立のための支援の一つとして行われているのだ。

「B4S PORT よこはま」が目指しているのは、港(=PORT)のような、「若者たちが主体的に人生を生きるきっかけになる場所」づくりだ。スタッフやサポーターは、人生の主役である若者の「伴走者」としてかかわり、定期的にイベントを開いたり、日常の細かな相談に乗ったりする。若者同士もここで信頼できる仲間を見つける。

小野寺氏はつづける。

「食事を介した支援と聞けば、お金がない子たちが食事に困って来るイメージがあるかもしれません。でも、うちを利用する子たちは、どちらかといえば、食べることより、大人と過ごしたい、友達と話したいという思いを抱えて来る方が多いでしょうね。食はあくまで仲間と接点を持つきっかけなんです。だから、私たちの方も食事による栄養補給を最終的な目的にするというより、食事を通してどうやってみんなでつながっていけるかを第一に考えています」

「B4S PORT よこはま」が、食事を食べることより、そのプロセスを重視しているのはそのためだ。あえてみんなで献立を考え、買い出しに行く、調理をする、食べる、片付ける、話すといったことをするのは、他者との交流を促すためでもある。

実際に若者たちは、ここに来たばかりの時は部屋の隅でスマホをしていても、横目で何気なく様子を伺っており、自分の介入する余地を探しているそうだ。スタッフが包丁を使っていると、「私、調理の専門学校に行っているから包丁使えるよ」と言って手伝いはじめたり、「それ、私、大好きなんだよ。ちょっとつまみ食いしていい?」と言って会話に入ってきたりする。

きっと食には、人と触れ合うことのハードルを低くする作用があるのだろう。
 

「B4S PORT よこはま」は、緊急支援の場ではないため、集う若者たちから唐突に深刻な相談を受けることはそう多くはない。ただ、一緒に過ごす中で彼らが失ってきたものの多さに気づくことがしばしばあるそうだ。

小野寺氏は話す。

「ここに来る若い人たちと話してみると、一般的な、なんてことない普通の体験をする機会がないまま育ったということに、気づかされることがあります。食事のことで言えば、少し前にすき焼きをした際に、すき焼きの食べ方を知らないという子がいました。すき焼きでは生卵を器に落としてお肉や野菜を浸して食べますが、『この生卵、どうすればいいの?』って聞いてきました。

あるいは、今日は栗ご飯だよ、と言ったら、『栗ご飯って何?』って聞き返されたこともありました。栗を使った炊き込みご飯の一種と説明しても、見たことがないのでうまく思い描けないようでした。

些細(ささい)なことかもしれませんが、食事だけでなく、それ以外の生活の中で、こうしたことが多数あると、その子たちの生きづらさになっていくのかもしれないと思いました」

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