内藤麻里子の文芸観察(48)
「総務省の調査によれば、全国の空き家数は二〇一八年の時点で八百四十九万戸だという」。これは重松清さんの『カモナマイハウス』(中央公論新社)で紹介される実態で、今や全国いたるところで空き家が目につく。かく言う私も親がいなくなったら実家をどうしたらいいか、今から不安を抱えている。本書はこの空き家問題と、定年後や子育て、親の介護を終えた後のロス問題に鋭くもコミカルに斬り込んだ。直視しにくい、重いテーマを軽やかに描くことによって、私たちに問題の所在をさらりと見せてくれる。
主人公は不動産会社で空き家のメンテナンスに携わる水原孝夫、58歳。一人息子の研造は戦隊ヒーローとして活躍したものの、その後は鳴かず飛ばずの俳優で、劇団を主宰する。妻の美沙は仕事を辞めて介護した両親を看取(みと)った後、介護ロスとなり、最近通い始めた「お茶会」にはまっている。このお茶会、怪しくはないのか、研造は今後どうしていくつもりなのか、孝夫の心配は尽きない。
この家族の物語を軸として、空き家問題を取材するウェブメディアの記者・マッチこと西条真知子、お茶会を催すマダム・みちる、空き家再生請負人の石神井晃(しゃくじい・あきら)、研造を戦隊ヒーロー時代から推す「追っかけセブン」(全員が70代女性)の3人らが絡んで悲喜こもごもの物語が展開する。若さゆえの無知を気にも留めないマッチと、酸いも甘いもかみ分けた追っかけセブンのカラリとした明るさが、いい感じにストーリーの助けにもスパイスにもなっている。
美沙の実家は空き家になっていて、兄が石神井のプラン「もがりの家」を受け入れようとしている。火葬場の順番が来るまで、遺体を安置する場所として貸し出そうというのだ。さらに、マダム・みちるにもある疑惑が生じ、水原家総出の探索が始まる。
空き家のメンテナンスや、再生の取り組みがどうなっているのかよく分かる。さまざまな事態が起きる物語を楽しく読んでいるうちに、家や家族への思い、悔悟、それぞれが抱える「ロス」とのつき合い方、生きがいのあり方などが心にじんわりとしみてくる。本書は、空き家をばかにしてはいけないことを語る。家族の歴史を経て、お役御免になっただけだ。とはいえ、そのまま放置しておくこともできない。だから空き家を再生する時の視点にも話は及ぶ。
厄介者ではあるが、ただの厄介者ではない。空き家を考える時の心構えが、ちょっと変わったかもしれない。
プロフィル
ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
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