現代を見つめて(58) 個人に寄り添う支援 文・石井光太(作家)

個人に寄り添う支援

年明けの一月七日から、首都圏をはじめとして二度目の緊急事態宣言が発令されている。

これによって飲食店が休業や時短を余儀なくされているが、歓迎すべきニュースもある。全国的な寄付の増加だ。

まず、ふるさと納税。近年、過剰な返礼品の過熱ぶりが報じられてきたのは周知の事実だ。ところが、コロナ禍によって「返礼品なしのふるさと納税」が急増し、前年の一月~十一月の合計が前年比二・五倍以上となった。

クラウドファンディングによる募金も同様だ。経済的な打撃を被った飲食店やイベント会社などが支援を求めたところ、多くの人々が参加し、同前年比で約三倍となった。

これまでも国難と呼ばれるような時に寄付が増えることはあったが、今回ほど個人が直(じか)に特定の地域、企業、個人に寄付するようになったのは初めてだろう。

振り返れば、日本人にとって支援のあり方が変わったのは十年前の東日本大震災だった。

それまで支援と言えば、国による公的支援か、ユニセフや赤十字を介して行われる支援が主だった。

しかし、東日本大震災によって、こうした「大きな支援」が必ずしも人々の希求に応えるものではないという現実に直面した。たとえば、公的支援で復興住宅を建てても、そこに暮らす人々の寂しさを解消することにはならない。

だからこそ、人々は、大きな支援ではカバーしきれないところを個人が埋めることの重要性に気づいた。ボランティアとして現地へ行ったり、特定の店や人に寄付をしたりする「小さな支援」が増えたのはそのためだ。

今回のコロナ禍では、そうしたことが顕著になった。医療機関、飲食店、イベント会社などが窮地に陥ったと聞いた時、人々は「大きな支援」ではなく、自分ができる「小さな支援」に踏み切ったのだ。

寄付のあり方は歳月を経るにつれ、より個人に寄り添ったものとなっていく。東日本大震災後の十年がそうだったように、コロナ後の十年は、個を支えていく支援のあり方をより深めていく時代になるのかもしれない。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。

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