『望めど、欲せず――ビジネスパーソンの心得帖』(14) 文・小倉広(経営コンサルタント)

垂直なロープを登らずに、水平に広がる大地を歩く

7年前に出版した拙著『比べない生き方』(KKベストセラーズ)はロングセラーになっています。著者として有り難いことですが、それだけ、世の中では「比べる」ことが当たり前になっているのでしょう。それは、終わりのない苦しみです。「もっと上へ」「少しでも上へ」。その心情(欲)には際限がないからです。

私の専門であるアドラー心理学では、次のような問いを使います。「ピラミッドの一番下の人間と、一番上の人間では、どちらの方がよりつらいだろうか」。

アドラー派はこう答えます。「上の人間の方がつらい」と。

もちろん、下の人間もつらさを感じるでしょう。自分よりも上に人がいる、と「比べて」劣等感を感じてしまうからです。

しかし、同様に、一番上の人間も不安を感じています。なぜならば、常に一番でなければ社会に所属できない、と信じているからです。

もしも一番の人が二番に落ちたら、その瞬間に「二番の自分は、社会に所属できていない」と劣等感を感じるに違いありません。そうした人は、一番にとどまっている段階でも焦りを感じます。常に「落ちる」恐怖にさらされ続けるのです。

では、どうすれば「比べる」つらさから抜け出せるのでしょうか。アドラー心理学は仏教と同じような視点を提供しています。それは「比べない」ということです。これをアドラー心理学では「縦の関係」を脱して「横の関係」で生きる、という言葉を使います。

「縦の関係」は、いわば一本の垂直に垂れたロープを上へとよじ登っているようなものです。自分が上に行くためには、誰かを下に突き落とさなければなりません。そして、誰かが自分を追い抜くたびに、自分が下に落とされるのです。

これでは、下の人間も上の人間も常に恐怖にさらされてしまいます。そうではなく、水平な大地の上をそれぞれが自由に歩けばいい、と考えるのです。ある人はのんびりと景色を見ながら歩くでしょう。ある人はジョギングをするかもしれません。ある人は立ち止まり座って夕陽を眺めている。人それぞれ違っていい。それぞれの価値観をすべて対等なものと認めて、それぞれが違う道を歩くのです。

そして、時々手を取り合って協力します。もしも、邪魔な石があれば、周囲の人に声をかけて一緒に取り除く。そして、お互いに「ありがとう」と感謝して、また、それぞれ別の道を自由に歩く。こうして「横の関係」が実践されて初めて、人は「比べる」恐怖から抜け出すことができると考えたのです。

これは、今、流行の言葉を使えば「ダイバーシティ(多様性を認めること)」につながります。「みんな違って、みんないい」「誰も悪くない」――。そんな生き方です。

えっ、どうすればそれができるのか、ですって?

とても簡単です。今、ここで決意すればいい。

周囲の人が縦の関係で「比べ」合おうとも、あなたは「比べ」なければいい。みんな違って、みんないい。そう心に決めて、一日一日を精いっぱい生きる。水平に広がる大地を自分で納得しながら悠然と歩けばいいのです。

※今回で『望めど、欲せず』は終了します。次回から、小倉広氏による新連載がスタートします

プロフィル

おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)など多くの著書があり、近著に『アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる 100の言葉』(ダイヤモンド社)。