『望めど、欲せず――ビジネスパーソンの心得帖』(13) 文・小倉広(経営コンサルタント)

やるべきことに手を付けられない時

「やるべきこと」に手を付けられない。分かっているのにできない。

もし、チームのメンバーがこの呪縛に取りつかれていた場合、あなたはこれまでどのような方法を使っていたでしょうか?

1 プレッシャーをかけて追い込む
2 やらなければ恐ろしいことになるぞと罰(ムチ)を使う
3 やったら良いことがあるぞ、とご褒美(アメ)を使う
4 「きっとできる」と信じて声を掛け、黙って見守る
5 「私に何かお手伝いができますか?」と質問する

アドラー心理学の教育は、1~3をすべて否定します。なぜならば、それらはすべて相手の自発性を無視した操作・コントロールだからです。誰だって、他者からコントロールされたくありません。それは親子でも同じこと。ましてや上司と部下、同僚同士の間ではなおのことでしょう。それにより両者の関係が悪くなるのです。さらに賞罰やプレッシャーなどのコントロールは以下の弊害を生みます。

A 相手が賞罰に依存的になる
B 相手が賞罰がなくなるとサボる
C 相手が自信を失う

つまり、自立的ではなく依存的な人材、指示待ちで他者の顔色をうかがう人材を生み出してしまうのです。では、どうすればいいのでしょうか? アドラー心理学では、「勇気づけ」という手法を使うことをお勧めしています。

人がやるべきことをやらないのにはいくつかの理由があります。一つは、どうすればいいか分からない場合。その時には、「私にお手伝いすることができますか?」と尋ね、相手が「やり方を教えてください」と言えば、それに答えることで解決します。しかし、もう一つの場合は少し難しくなります。

いわば、今回のように、相手がどうすればいいか分かっているのに手を付けられない、という状況です。アドラー心理学では、そのようになっているのは「失敗を恐れている」からだ、と考えます。そして、失敗した時に周囲から責められることを恐れている――つまり「周囲を仲間ではなく敵だと思っている」ために、手を付けられない、と考えるのです。

そんな時は、相手に「あなたはきっとできますよ」と働き掛ける。相手に「私はあなたの仲間ですよ」とサインを出す。そのような態度を伴う声掛けや見守りをアドラー心理学では「勇気づけ」と呼ぶのです。具体的には、相手の能力を根拠なく信頼し、相手の自己決定を尊重します。その上で「何かお手伝いできますか?」と声を掛けます。もしくは、相手のできているところやプロセスの頑張りを一緒に喜び、声掛けをするのです。決して、賞罰やプレッシャーを使わない。「勇気づけ」という方法を使うのです。

プロフィル

おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)など多くの著書があり、近著に『アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる 100の言葉』(ダイヤモンド社)。