頼れる人、場所、心――青少年の居場所を考える

一人ひとりと丁寧に向き合う 教員・田中寛人さん(仮名)

「おなかが痛い」「えらい(しんどい)」――何かしらの理由をつけて繰り返し保健室を訪れる生徒に、田中寛人さん(仮名・64)は、「ちょっと、しゃべろうか」と優しく声をかける。たわいのない話を続けると、生徒が心を少しずつ開いて悩みを打ち明けてくれる。田中さんが待機し始めて4年、保健室は生徒にとって安息の場となっている。

中高一貫校で英語を教える田中さんは、カウンセラーの有資格者で、不登校対応コーディネーターなどを務める。授業を受け持つ時間以外は保健室で、さまざまな理由で教室に行けない生徒に寄り添う。

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触れ合う時に心がけているのは、何事も否定せず、生徒の心が開くのを待つこと。つらい心の内をぽろぽろと話し出した時は、「どうしてそう思ったん」「何が苦しかったん」と声をかけて、気持ちを解きほぐし、苦しみの原因と、対処法を一緒に模索していく。

すると、生徒は安心感を覚えてさらに本音を語るようになる。こうした関わりを重ねることで自信の回復にも結びつく。心の安らぐ時間を共に過ごすことで、生徒は教室に向かう一歩を踏み出せる。

いじめ、発達障害、親の過干渉など、生徒たちの直面する状況は多様だ。だからこそ、一人ひとりと丁寧に向き合う姿勢を大切にしている。

今、生徒の間では、「保健室に行けば、田中先生が話を聞いてくれる」という声が広がっている。

「生徒が何か一つでも努力できた時は、『よう頑張ったな。僕もうれしい』と伝えると、表情が明るくなります。こちらが思いを受けとめる姿勢を示し続けることが、子供の安心できる場につながるのです」

大人も子供も安心できる居場所づくりを 早稲田大学文学学術院・阿比留久美教授

2021年度、不登校の小中学生は24万4940人に上り、児童相談所の虐待相談対応件数は20万7000件超で、どちらも過去最多です。学校や家庭が安心して過ごせる場所ではないと感じている子供たちの居場所は、どこにあるのでしょうか。

かつては、日本でも“地域の大人が子供を育てる”という空気がありましたが、地縁の薄くなった現代では地域の大人との出会いの機会がありません。まして初対面の時には心を開いて話すのは難しいし、自分の抱えている問題を整理して相手に伝えることはなかなかできないものです。

阿比留先生

子ども食堂など地域で子供たちの居場所を開く人たちは、「このゲームに夢中なんだ」「親に注意されてムカついた」といった素直な心の発露に耳を傾けるところから、子供たちとの関係ができてくると言います。大人にはさして重要と思えなくても、子供にとっては思いのこもった言葉を受けとめることが第一歩。その繰り返しが、「ここは居てもいい場所」という安心感を生みます。すると大人の側も、子供たちのふとしたつぶやきの中から、何らかのサインに気づけるようになるのです。

地域に声をかけ合える人がいると、大人でも安心できるものです。地域の中で顔見知りの子、子供の同級生など、身近な範囲で、お節介かなと思っても声をかけて、関係性をつくる。そして、もしつらい思いを抱えていたら、その子供の状況に応じて支えていくことが大事です。

私たちは互いに影響し合って生きています。大人が幸せを感じる社会に青少年が安心できる居場所があるのです。立正佼成会の皆さんが普段から伝えている縁を大切にするというメッセージは、必ず子供たちの救いにつながります。ぜひ大切にして頂きたいです。

プロフィル

あびる・くみ 早稲田大学文学学術院文化構想学部教授。博士(文学)。社会教育と社会福祉を結びつけて研究しつつ、若者協同実践全国フォーラムで活動中。著書に『子どものための居場所論――異なることが豊かさになる』(かもがわ出版)、『孤独と居場所の社会学――なんでもない“わたし”で生きるには』(大和書房)など。(写真は本人提供)