今、できることを――コロナ禍における教会のチャレンジ(2)

「パソコン布教」社会の変化に合わせた取り組み

昨秋には、新たに「パソコン布教」がスタート。説法会の動画は配信から1カ月間はインターネット上にアーカイブされ、それを過ぎるとDVDに収められた。支部長たちは、口コミを聞いて「見たい」と言う会員のもとに出向き、DVDを持って教えを届けている。

I支部長(73)は「パソコン布教」が始まって真っ先に、ある高齢会員を訪ねた。この会員は教会に参拝できないことを嘆き、毎日のように電話をかけてきていたが、一緒に動画を視聴すると、笑みを浮かべた。I支部長は「パソコンの画面に映るご本尊さまに手を合わせる姿から、教えを待っている人がいることを改めて気づかせて頂きました。説法を配信するようになって、今までなかなか教えが届かなかった若い世代や、教会に来たことのない方たちの中からも、教えを求める声が出てきています。救い救われがはっきりと分かる説法が、多くの方の心を動かしているのだと思います」と語る。

以前は、式典の準備や当日の受け入れで時間的に拘束され、一人の会員とじっくり触れ合う時間がなく、布教に苦手意識を持つ幹部も少なくなかったという。分散型の「パソコン布教」に切り替わったことで余裕が生まれ、支部長や主任の中に「自分がこの人を救っていくんだ」という布教者の自覚が芽生えていると髙橋教会長は喜ぶ。

文書スタッフのMさん(74)も、体験説法を機に布教に励むようになった。親との複雑な関係を振り返り、目を背けてきた過去をつづって受け入れる中で、「初めて誰かを真剣に思うことができた」と言う。今、「説法会」の配信日には友人や手をとるサンガに声をかけ、近所の公園で一緒に視聴している。

説法会での発表を機に布教に励むようになったMさん。配信日には、友人や手をとるサンガに声をかけ、近所の公園で一緒に教えを学んでいる

園内の休憩スペースに、スマートフォンやDVDプレーヤーを置いて動画を見ていると、時折、知らない人から「何を見ているの?」と話しかけられる。そんな時は佼成会について話し、「今度ゆっくりお話を聞かせてください」と伝える。住んでいる地域を教えてくれることもあり、その後の導きにつながっているという。不思議と手をとる人のほとんどが、自分と同じように親との確執を抱えている。

Mさんを見守ってきたS支部長(61)は、「親を憎むつらさが分かるMさんだからこそ、心からの共感と教えによって救われた喜びを伝えられるのだと思います」と話す。

一方、パソコンに苦戦した支部長もいる。O支部長(69)はデジタル機器が苦手で、若手の主任や教務スタッフに操作を教わるものの、「ご命日のたびに会員さん宅でパニックになり、何度も何度も教会に電話しました」と振り返る。そのうちパソコンを見るのも怖くなり、ご命日の前日は夜も眠れない状態だったという。

ある日、髙橋教会長に「これ以上できない」と弱音をこぼすと、髙橋教会長は、ぽつりと「人のためだよ」と話したという。この一言が「グッと腹に落ちた」とO支部長。一念発起して操作方法を学び直し、周りの力を借りつつも教育や会議にもパソコンを活用し、布教に励んでいる。

「パソコン布教」の要は、「配信を視聴する会員宅=拠点」を確保することだ。拠点を増やす工夫として、包括地域の「見える化」に取り組む。教会法座席に拡大コピーした県内の地図を設置。会員宅や拠点となる家に目印を付け、拠点が少ない地域の布教に特に力を注ぐ。現在、拠点の数は100カ所まで増えた。

今年7月4日の「開祖さまご命日」に配信された説法会からは、支部長が「四諦(したい)の法門」を用いて説法者の苦を解説。9月からは、教務部長が「十如是」に当てはめて説法をかみしめるという新たな試みも始まった。

この日は、能代支部のAさん(72)の体験説法に続き、I支部長(66)がかみしめに立った。I支部長は、髙橋教会長の「四諦の法門」や「十如是」を用いて人を救う触れ合いに心酔し、「いつか自分も教会長さんのような教化の力、布教の力を身につけたい」との願いで学びに努め、会員の救われに奔走している。「説法会とパソコン布教のおかげさまで会員さんと向き合う時間が増え、以前よりも教会長さんの見ている救いのポイントが分かるようになりました。支部長のお役を頂いて14年になりますが、会員さんを救いに導ける自分にならせて頂けてありがたいです」。

コロナ禍の中、社会の変化に合わせながら、秋田教会の挑戦は続く。