「カジノ法」を考える(2) ギャンブル依存症の怖さとは? 精神科医・作家の帚木蓬生氏に聞く
カジノを解禁する「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(IR推進法=通称・カジノ法)が昨年12月16日に成立し、同26日に施行された。今後、制度設計やギャンブル依存症などの対策が進められる一方、現在、すでに536万人ものギャンブル依存症者がいると推定され、カジノ解禁への懸念が広がる。特集「『カジノ法』を考える」の第2回は、精神科医で作家の帚木蓬生氏にギャンブル依存症の多い社会事情について聞いた。
国内のギャンブル依存症者536万人
――日本のギャンブル依存症の現状は?
初めに、ギャンブルが刑法で禁じられていることは、ご承知の通りでしょう。しかし、公営の競馬、競艇、競輪、オートレース、スポーツ振興くじ、宝くじは認められています。国自体が貧しかった第二次世界大戦直後、復興財源を確保し、地域振興を図ることを目的に、特例で始められました。その特例が70年以上続いてしまった状況は、国がギャンブルに依存していると言えるでしょう。また、パチンコやスロットはゲームとされていますが、実質はギャンブルと変わらず、ギャンブル依存症者の6~8割がパチンコ、スロットにはまっている点から見ても、それは明白です。
そのギャンブル依存について、2014年8月、厚生労働省の研究班は、日本人の有病率が4.8%で、536万人に上ると発表しました。ネット依存が421万人、アルコール依存が109万人という調査結果と見比べても、その多さが分かって頂けるでしょう。
海外の調査では、米国が1.6%、香港が1.8%、韓国が0.8%、スウェーデンが0.7%という結果が出ています。日本は諸外国に比べ3~7倍です。これにカジノが加われば、さらに増えるのは容易に想像できます。
ギャンブル依存症は、心の弱い人など特定の人がなるというものではありません。条件がそろえば誰でもなり得ます。そして、いったんギャンブル依存症になると治療しなければ進行を止められず、自然治癒はないという恐ろしい病気なのです。
――特徴的な症状は?
ギャンブル依存症の症状は、「借金」「嘘(うそ)」「言い訳」です。時間とお金をつくるために嘘をつくわけです。「嘘八百」どころではありません。
また、症状の特徴として「3ざる」と「3だけ」が挙げられます。見ざる・聞かざる・言わざるの三猿と同じで、「自分の病気が見えない」「人の注意を聞かない」「自分のことを話さない」のです。「3だけ」は、「今だけ」「自分だけ」「金だけ」を指し、今が良ければいい、家族のことなんか知らない、人生で大切なのは金だけとしか考えられなくなってしまうのです。
自分のことしか考えていないのですから、周囲のことが認識できず、自分がギャンブル依存症だと気づくまでは、本人はケロッとしています。大変なのは、家族です。私が調べたところ、患者の60%に伴侶がいて、ほとんどが奥さまですが、15%の人が不眠症やうつ病、不安障害などを発症して、すでに他院にかかっていました。朝から晩まで嘘をつかれ、何百万もの借金が判明する。それを繰り返されたら病気にならない方がおかしいですよね。そして、そうした家族の状況を恥じて、親戚にも親友にも相談できない。大変な苦労をして、やっとの思いで本人を病院に連れてくるというパターンが多いのが実情です。
――大変な病気なのですね……。
依存症者は仕事に支障をきたして会社をクビになったり、サラ金に手を出したり、お金のために犯罪に手を染めたり、多くの人を犠牲にして、やっと「俺はダメだ」と思うようです。しかし、一度、依存状態に陥ると、やめようと思っても、不眠や幻覚といった禁断症状が3カ月続くという点で、アルコールや薬物より依存度が高いといえます。一度たくあんになったら、二度と大根には戻らない――そのように、脳も正常な状態には戻りません。7、8年ギャンブルをやめていた人も、治療を続けていなければ、あっという間に元のひどい状態に戻ってしまうのです。
治療では、同じ病気を抱えた人たちが集う自助グループ(GA)に週1~2回参加することを勧めています。加えて、精神科医への通院です。GAでは、10~15人ほどの参加者の前で、順番に自分のことを話します。人の話に対しては、絶対に批判しません。日々の心の葛藤や苦労などを吐露するのですが、みんな同じような境遇なので、聞く耳を持つようになるんですね。「3ざる」状態が見事に変わっていきます。
カジノ解禁よりも国にはすべきことが
――なぜギャンブルにはまってしまうのでしょうか?
ギャンブルに勝つことで得られる快感が、脳に刻印されるからです。繰り返し打つことによって脳の構造が変化し、勝ちにも負けにも鈍感になります。正常な判断ができなくなり、ギャンブルで負けた分はギャンブルで取り返すという一種の妄想に陥るのです。
日本でギャンブル依存症の有病率が高いのは、ギャンブルに触れる機会が多いことが原因に挙げられます。例えばパチンコ店は、日本に1万2000店あります。これはコンビニエンスストア「ローソン」とほぼ同じ店舗数です。さらに、こうした状況で、世界のギャンブル機器の6割を日本が占めています。すでに日本は、ミニ・カジノが町中に溢れている状態なのです。
また、くじや馬券などをインターネットで購入できるシステムが普及してきました。こうしたギャンブルにアクセスしやすい環境をつくった国家の責任は重いと思います。
――カジノ解禁を推し進める前に、いま一度考え直す必要がありそうですね。
政府は、カジノの収益の一部を依存症対策に使うとまことしやかに言っています。しかし、よく考えてみてください。現在、公営ギャンブルの売上高は約5兆円、パチンコ・スロットは22兆円といわれているにもかかわらず、今苦しんでいるギャンブル依存症者のために予算は組まれていません。カジノができたら対策費を捻出するとは、噴飯ものです。
国民一人ひとりが声を上げて廃案に持ち込めればいいのですが、このまま公営のギャンブルが続く中で、仮にカジノが解禁されるのであれば、シンガポールにあるカジノ規制庁と同じように、各ギャンブルを統一する規制省、規制局をつくるべきです。今の日本の公営ギャンブルは、競馬は農林水産省、スポーツ振興くじは文部科学省といった具合で、管轄がばらばらで、対策を取りにくい仕組みです。すべてを統一した上で、国民の出入りや使用金額などを管理する措置を取るといった、国民の生活を守るための厳しい措置が必要です。また、ギャンブル依存症の恐ろしさを周知するためにも、アルコール健康障害基本法のようにギャンブル障害対策基本法を作ることが大事だと思います。
さらに、若者向けの予防教育が必要です。ギャンブル依存症者を調査すると、20歳前後にはまる人が多いのです。若者は、危険を冒したり、刺激や興奮を求めたりする特徴があり、すべてを満たしているのがギャンブルだからです。
アルコールやたばこ、薬物に関しては、学校でその危険性が伝えられています。テレビコマーシャルでも、酒類業界は時間帯を配慮し、たばこ業界は自主規制しています。一方で、ギャンブル業界は野放し状態で、射幸心をあおってばかりです。ゲームセンターからパチンコ・スロットに移行する人も多いことを考えると、若い頃からの教育による予防が欠かせません。
ギャンブルは人のお金を収奪するシステムです。そのようなシステムを国が推進していいのでしょうか。人を不幸に陥れて幸せになれる社会などありません。国会議員任せにせず、カジノ解禁について、改めて国民全体で考えるべき課題でしょう。
プロフィル
ははきぎ・ほうせい 本名・森山成彬、1947年福岡県生まれ。東京大学文学部、九州大学医学部卒業。九州大学医学部神経精神科医局長、北九州市八幡厚生病院副院長を経て、2005年に通谷メンタルクリニックを開院した。小説家としても活躍。著書に、『三たびの海峡』(吉川英治文学新人賞)、『閉鎖病棟』(山本周五郎賞、共に新潮社)といった小説のほか、『ギャンブル依存とたたかう』(新潮社)、『やめられない――ギャンブル地獄からの生還』(集英社)、『ギャンブル依存国家・日本 パチンコからはじまる精神疾患』(光文社新書)などがある。
立正佼成会中央学術研究所が発表した意見書(教団ウェブサイトより)
http://www.kosei-kai.or.jp/kajinohoan1.html