「カジノ法」を考える(1) 社会への影響は? 鳥畑静岡大学教授に聞く

©AFP=時事

カジノを解禁する「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(IR推進法=通称・カジノ法)が昨年12月16日に成立し、同26日に施行された。今後、整備推進本部が内閣に設置され、カジノの運営方法や入場規制などを盛り込んだ実施法案の策定が進められる。推進派は、雇用の拡大、観光客の増加、それによる税収増といった経済効果や地域振興を見込むが、カジノ解禁による社会的影響は大きい。IR推進法が根本的に抱える問題について、専門家のインタビューを2回にわたって紹介する。今回は、地域に与える影響、経済面の懸念などについて、参議院内閣委員会の参考人を務めた静岡大学の鳥畑与一教授に話を聞いた。

ギャンブルで経済成長を図る政策

――昨年末に成立した「IR推進法」は、どのようなものですか?

鳥畑静岡大学教授

ホテルやショッピングモール、エンターテインメント施設、会議場や展示場などの設備を併せ持つ統合型リゾート施設(IR)の建設を推進するものですが、これまで刑法で禁じてきたカジノを認めることが大きな特徴です。このため、この法律は“カジノ法”と呼ばれています。

なぜこれまで禁止されてきたカジノを認めるのか――国会では、カジノを含むIRによって新たな雇用が生まれ、税収が増加するという経済効果、地域振興が見込まれるため、それは「公共の利益」の目的に適(かな)い、「賭博の違法性」を退けると答弁されました。政府は、日本経済が縮小傾向にある中、成長戦略の目玉として、カジノの解禁に踏み切ったわけです。

――IRには、どうしてもカジノが必要なのですか?

IRという巨大な「箱モノ」の建設資金を回収し、維持するには、莫大な資金が必要で、その“収益エンジン”がカジノです。例えば、屋上に船のような形状をしたプールのある奇抜な建物として有名なシンガポールのマリーナベイ・サンズは、IR全体のうちカジノの占める面積はわずか5%ですが、収益は全体の80%に上ります。つまり、カジノというギャンブルによる高収益があってこそ、IRは成り立つというビジネスなのです。

推進派は、IRという言葉でカジノを隠し、IR法なのだからカジノだけを強調するのはどうかと言ってきました。しかし、IRはカジノ抜きでは運営できない以上、カジノの持つ意味を議論することはどうしても不可欠なのです。

――IRの推進派は、外国、とりわけ中国からの訪問客に期待していますが。

私は、期待ほど中国からの客は見込めないと考えています。中国人利用客が多数を占めるマカオのカジノの収益は、2013年にピークに達した後、16年にはその6割近くにまで収益を落としています。シンガポールも減益で、この現象は中国経済が減退傾向にあることを示しています。

クリックで拡大

さらに、別の問題があります。中国では、自国民が海外に持ち出せる貨幣が年間で5万ドルに制限されています。そこで、マカオやシンガポールのカジノには、「ジャンケット」と呼ばれる仲介業者がいて、中国からの客に何百万ドルという大金を貸し、帰国後にその金を回収するシステムを設けています。

ジャンケットを利用する富裕層たちは、個室を借りて賭け事をしますので、密室でどのような取り引きが行われているかは当事者しか分かりません。いくら負けた、勝ったかも当然、正確な確認はできませんから、海外での財産を形成するマネーロンダリング(資金洗浄)の温床になっているのです。

ジャンケットを認めてしまうと、マネーロンダリングの規制はできません。しかし、ジャンケットを認めないと中国の富裕層は日本のカジノには来てくれないでしょう。現在、韓国でも新たなIR型のカジノの建設が進められ、アジアは飽和状態にあります。

「経世済民」を今こそ

――経済効果の根拠が揺らいでいますね。

見込んでいた中国人利用客が少ないのであれば、日本人に負けさせて稼ぐしかありません。全国12カ所のカジノ開業で、年間4兆6000億円の収益が生まれるともいわれていますが、国内客だけでこの数字を実現するには、日本の成人の総人口に当たる約1億人が、毎年4万6000円を“負け”なければなりません。

しかも、日本の企業にはカジノ経営のノウハウが乏しく、それに長(た)けた外国企業が日本でカジノを開くとなれば、海外投資家への還元分や収益が日本から出ていってしまいます。ラスベガスはじめ、先ほどのシンガポールにあるマリーナベイ・サンズやマカオでもカジノを経営するラスベガス・サンズという会社は、この5年余りで138億ドルという天文学的な額を株主に還元したと自慢していますが、実はその7割はラスベガス・サンズを経営するアデルソン一族に流れました。

――地域の経済活性化の側面は?

一昨年に私は、アメリカ東海岸のアトランティックシティーを訪れました。人口はわずか4万人ほどですが、ラスベガスに次ぐ全米第2位のカジノ都市で年間3000万人以上が訪れています。さぞかし経済的に潤っていると思われるでしょう。ところが、実はそうではありません。

カジノのある地区周辺はとても華やかですが、カジノができる前にメインストリートだったパシフィックストリートの両側は、空き地や閉店した店が目立っていました。日本でいえば、駅前のシャッター通りです。

この背景にあるのが、カジノの「コンプ」という“客寄せ”のシステムです。これは、カジノへの客寄せのため、カジノの儲(もう)けを利用し、宿泊料や食事代などを格安で提供するというもので、客は当然ながらカジノのあるホテルを選びます。カジノ施設のない割高のホテル、レストランから客は遠のき、淘汰(とうた)されてしまうのです。

カジノが開設されれば、その分の雇用は創出されます。しかし、同時に、カジノに消費を奪われた既存の企業が倒産するなどして働き口を失う人もいるわけです。

アトランティックシティーは失業率が高水準のままで、貧困率は州平均の3倍を記録しています。地元にカジノができればギャンブル依存に陥る人も増え、経済的に追い込まれての事件が発生し、犯罪率も上がります。土地の価格も下落しました。地域のコミュニティーが破壊されていくのです。日本でもそうしたことが起こる危険性があります。

――今後、カジノを開く実施法案が提出されていきます。

シンガポールを例に見てみると、カジノ合法化が認められたのが2004年で実際にオープンしたのが10年ですから、日本での開設は5、6年先と見ていいでしょう。それまでにカジノの誘致を希望する自治体と、カジノ運営会社との調整が図られますが、法案の付帯決議にあった、自治体の合意というものが大きな意味を持ってきます。

米国マサチューセッツ州では自治体と企業の間で具体的な提案を出し合い、合意書を作成し、第三者委員会にメリットやデメリットを評価させます。その報告書を受けた上で、カジノの可否を住民投票で問うのです。

しかし、日本では住民投票が義務づけられているわけではないため、住民の意思が十分に反映されるかは分かりません。現状では、遅かれ早かれ、日本にカジノが誕生します。経済が低迷する中、IR、特にカジノによる収益に淡い期待を寄せる人々が、多いからです。

アトランティックシティーには「カジノで儲けて、リッチになろうぜ」という趣旨の派手な音楽が流れていました。しかし、冷静に考えてほしいのです。カジノはギャンブルにほかなりません。ギャンブルで儲かる人はほんの一握りで、ほとんどの人が負ける仕組みです。しかも、客の“負け”は胴元の利益になるわけですが、カジノは客のポケットから胴元のポケットへ金銭が移動しただけで、経済の全体のパイが大きくなったわけではないのです。付加価値のない、ただ富が一極に集中するだけの非生産的活動といえます。

「経済」とは、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」という言葉が語源です。見せかけの経済成長ではなく、互いに幸せを分かち合い、その幸せを大きくしていく経済のあり方が重要だと思います。

プロフィル

とりはた・よいち 1958年生まれ。大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程修了し、現在、静岡大学人文社会科学部教授。専門は国際金融論。著書に『略奪的金融の暴走――金融版新自由主義がもたらしたもの』(学習の友社)、『カジノ幻想「日本経済が成長する」という嘘』(KKベストセラーズ)などがある。

 

 
立正佼成会中央学術研究所が発表した意見書(教団ウェブサイトより)
http://www.kosei-kai.or.jp/kajinohoan1.html

関連記事
「カジノ法」を考える(2)ギャンブル依存症の怖さとは? 精神科医・作家の帚木蓬生氏に聞く