エッセー「いのちのつながり」 JT生命誌研究館・中村桂子館長

協力:団まりな 絵:橋本律子 ※クリックで拡大

ところが、現代社会では、人間はつながりを忘れ、扇の外、しかもそれより高い所にいるかのように振る舞い、経済成長と科学技術による便利さの追求を生きる目的としている。経済的豊かさや便利さは必要だが、それを追うあまり、私たちが属している自然を壊しては元も子もない。地球温暖化を招きかねない二酸化炭素の過度の発生を抑制する必要性を、生きものとしての感覚で感じとりたい。環境破壊といわれる行為は、自然の一部である人間の心や体をも壊す。心も体も、時間をかけ、さまざまな人や自然と関わることで養われるものだからである。

便利さとは、早くできる、手が抜ける、思い通りになることであり、有り難いが、残念なことに生きものには合わない。時間や手をかけても思い通りにはならず、悩みや苦しみも多いが、時々思いがけない喜びに出合える。それが生きものだ。時間を紡ぎ、お互いに手をかけ合ってよい関係を築いていく喜びが「生きる」ということなのである。

子どもたちを早く早くと急(せ)かし、地域の人々が声をかけ合うことのない日々は、決して“生きもの”としての人間が豊かに生きる生活とはいえない。競争の中で格差を生む社会は生きにくい。子どもの自殺、親による子の虐待、仲間内での陰湿ないじめ――これらは、さまざまな存在を楽しみ、違う生き方に学び合い、全ての人の幸せを願って生きていくことによってしか解決できない課題である。幸せは天から降っては来ない。小さなことの積み重ねで生まれるものだ。小さな生きものたちを見てみると、誰に頼るでもなく、懸命に生きていて可愛い。

一年の始まりにあたる今月こそ、虫や植物などの生きものに向き合い、いのちのつながりを意識しながら、最も賢いと自負するヒト(ホモ・サピエンス)として本当に賢く生きるにはどうしたらよいかを深く考える時にしたいと思う。

プロフィル

なかむら・けいこ 1936年、東京都生まれ。理学博士。東京大学大学院生物化学修了。大阪大学連携大学院教授などを経て、2002年4月よりJT生命誌研究館館長に就任。『いのち愛づる生命誌(バイオヒストリー)38億年から学ぶ新しい知の探求』(藤原書店)、『言葉の力 人間の力』(佼成出版社)など著書多数。

JT生命誌研究館

    • 【開館時間】火曜日~土曜日 10時~16時半
    • 【入館料】無料
    • 【休館日】日曜日、月曜日、年末年始(12月29日~翌年1月4日)
    • 【場所】〒569‐1125 大阪府高槻市紫町1の1
    • 【問い合わせ】TEL072(681)9750
    • 【企画展】

2月17日

    • 14時~ 「生きている」ってどういうこと?――細胞を通して見つめよう(表現を通して生きものを考えるセクター)

3月10日

    • 10時半~ 生命誌を考える映画観賞会 2018春

3月17日

    • 14時~ レクチャー&ミニコンサート――知を生むこと、音楽を生むこと――クモの発生を見つめて
    • 演奏:西井夕紀子(音楽家)講師:岩崎佐和同館研究員 (ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ)
    • 【JT生命誌研究館ウェブサイト】

http://www.brh.co.jp/