唯仏与仏

唯仏与仏(28) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

「慈悲」の「悲」は梵語(ぼんご)で「カルナー」といいますが、人生のさまざまな問題に悩み苦しんでいる人びとの声を聞いて自分も同感し、同情することを意味します。だれでも、大なり小なり心配ごとを抱えているもので、それを察してあげると、自然に声をかけられるようになります。それが「悲」です。そして、その声かけがきっかけでその人を救うことができれば、これまた「最高の友情」ということになるでしょう。

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唯仏与仏(27) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私たちは、まず自分の幸せを願って行動するのがふつうですが、立正佼成会では「まず人さま」という言葉で、自分の満足より先に、相手の幸せを思いやることを大事にしてきました。それは、人さまの幸せを願うことが「仏性(ぶっしょう)」をまっすぐに発揮していく早道だからです。

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唯仏与仏(26) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

最近は、大企業の経営者や幹部社員のあいだに法門を学ぶ人が増えるなど、社会的に仏教への関心が高まり、ボランティア人口も増加しています。これは、多くの人が心のなかに仏さまをお招きしているということですから、たいへん喜ばしいことです。

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唯仏与仏(25) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

仏さまは、私たちの心が「法」からずれていることを気づかせようとして、大慈大悲のお心で「救い」の手をさしのべてくださいます。ですから、目の前の悩みも仏さまのお慈悲のあらわれであることを、お伝えすればいいのです。真心にまさるものはありません。相手を思う気持ちから、必ずふさわしい言葉が出てきます。慈愛をこめた語りかけやふれあいを積み重ねるなかで、その方を本質的な救われへと導くことができるのです。

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唯仏与仏(24) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

感謝の念が湧いたときは、心がきれいになります。これは、だれでも経験することです。人に親切にされて「ありがたい」と思う瞬間、心に濁りなどありますか。微塵(みじん)もないでしょう。その瞬間は、いわば、心のアンテナが美しく磨かれ、人の恩を完全にキャッチできた状態といってもいいでしょう。

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唯仏与仏(23) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

自分の人生をふり返ると、一つの考えに帰着します。それは、私の一生はつまるところ、無数の人たちとの出会いによって導かれ、築かれてきたということです。あのとき、あの人と出会って、歩む道に確信がもてた……といったようなことが多く、あらためて一種の驚嘆の思いに駆られます。

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唯仏与仏(22) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私は若いときから、人さまのいうことは素直に聞きました。ですから、自分の意見を言い立てて口論をするということはありませんでした。人さまの意見はよく聞いて、聞いたことをあとから味わってみて、よいところは自分のものとして消化する、というふうにしたのです。そのお陰さまで、どなたとでもおつきあいができて、また、こちらの言い分も酌んでいただけるのです。

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唯仏与仏(21) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

この世に、救われない人間は一人もいません。みんな「仏性(ぶっしょう)」という尊い宝をもっているからです。どんなに不遇な人でも、「自分はだめだ」と思いこんでいる人でも、本来そなえている「仏性」に目ざめ、生きる喜びを味わえば、その人のもっている一芸一能が芽を吹くのです。

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唯仏与仏(20) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

大事なのは、まず目の前の一人を大切にしていくことです。自分がふれあう人に対して、その人が幸せかどうかを察してあげることです。そして、その人が幸せでないと感じたとき、何に悩んでいるかを思いやってあげると、「何とかして苦しみを抜いてあげたい」という気持ちが湧いてきます。それが慈悲の「悲」の心にほかなりません。

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唯仏与仏(19) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私たちが生活している現実の世の中は、お釈迦(しゃか)さまが「一切皆苦」と説かれたように、「苦」に満ちた厳しい世界です。その厳しい世界を生き抜いていくには、やはり小さいときから鍛えられて育つことが大事なのです。

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