唯仏与仏

唯仏与仏(10) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

禅の言葉に「一寸(いっすん)座れば一寸の仏」というものがあります。線香が一寸燃える時間だけの坐禅をしても、そのぶんだけは仏の心でいられる、というのです。

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唯仏与仏(9) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私が朝、大聖堂に着くと、その日のお当番の会員さんが迎えてくださいます。なかには、幼稚園ほどの小さな子もいます。頭をなでて「きょうはお当番に来てくれたの。しっかりやってね」と声をかけると、「うん」と大きくうなずいて、お手伝いをするぞという顔つきに変わります。それだけのふれあいでも、その子の心のなかに「大事な役なのだ」という自覚が芽ばえると思うのです。

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唯仏与仏(8) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

仏さまの智慧(ちえ)と慈悲をいただくきっかけが、「苦」であることもあります。

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唯仏与仏(7) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

過去を大切にせず、現在をもいい加減に暮らしているような人は、まわりの人から尊敬されることは少ないでしょう。反対に、尊敬される人というのは、過去も大切にしながら、現在を精いっぱい生きる人です。ところが、もっと尊敬すべき人があります。それは、未来を開き、未来を創造していく人です。

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唯仏与仏(6) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

法華経の「譬諭品(ひゆほん)」には、「今此の三界は 皆是れ我が有なり 其の中の衆生は 悉く是れ吾が子なり」と説かれています。※1

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唯仏与仏(5) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

お釈迦さまは「方便品」で、「若し法を聞くことあらん者は 一りとして成仏せずということなけん」と、念を押すように説かれています。※1

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唯仏与仏(4) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

日常生活のなかで、仏になるための修行の第一は、朝な夕なに法華経を読誦(どくじゅ)することです。この読経供養で仏さまの説法を心に刻みつけると、自然に仏さまを恋慕渇仰(れんぼかつごう)する心が湧いてくるのです。

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唯仏与仏(3) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

「如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)」には、「毎に自ら是の念を作す 何を以てか衆生をして 無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと」と説かれています。※1

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唯仏与仏(2) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

努力や精進(しょうじん)というのは、私たちを成長させていくうえでの基本です。しかし、あまりに基本的であるために、時としておろそかになることがあるのです。それは、神さま仏さまが自分のそばにいらっしゃることに気づかないため、ごまかしたり、横着したりするからです。

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唯仏与仏(1) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

「願い」というものは、ただぼんやりともっているだけでは、かなえられるものではありません。ぼんやりと願うのではなく、強く願わなければなりません。それも、一時的に願うのではなく、継続的に願わなければなりません。このように、強く願うことを「念ずる」とか「念願する」といいます。

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