時の流れの彼方へ 受け継がれる“アッシジの精神” ――世界平和祈願の日40周年

開会式の後、参加者たちは、アッシジ市と同市の丘の麓に位置する町、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリを舞台に開催された24の分科会に臨んだ。『世界を共に修復する』と題する分科会では、天台宗の細野舜海宗務総長が発題。『軍縮と拡散の間での核兵器』を扱った分科会では、カトリック長崎大司教区の中村倫明大司教がスピーチした。『世界の変革』を訴える分科会では、被爆者の近藤紘子さんが体験を語り、日本を含むアジア諸国から参加した諸宗教者は、『アジア:戦争にある世界において平和を求める諸宗教』で発題した。

『祈り、対話、平和:アッシジの遺産』と題した分科会では、本会の和田総務部長が発題。仏教の諸法無我の教えに沿って、「自分一人が安らかな涅槃(ねはん=救いの境地)にとどまるのではなく、苦しみの現実に身を置き、人々とともに歩みながら、『今、ここ』を少しでもよりよい世界へと変えていこうとする」との本会の姿勢を説明した。その上で、「アッシジの精神と私たちが仏教徒として目指すものとの間に深く響き合うものを感じながら、私たちはこの祈りの集いに40年間参加し、宗教間対話・協力を共に推進してきました。その歩みの中で、私たちが頂いた大きな学びは、『祈り・対話・行動』の三つが互いにつながり、循環していくことの大切さです」と力を込めた。

多岐にわたる分野での平和構築についての討論を終えた諸宗教者たちは27日午後、閉会式を前にアッシジ市内の各地で「宗教別の祈り」を捧げ、閉会式の会場である聖フランシスコ司教座大聖堂の広場まで平和行進を行った。光祥次代会長も参加した。

赤い夕陽に照らし出された広場での閉会式では、集った子どもたちを前に、被爆者の近藤紘子さんがスピーチに立ち、「私は、幼い少女の頃に戦争の苦しみを体験しました。だからこそ、今、爆弾の投下と隣り合わせで、恐怖と苦痛の内に生きる子どもたちのことを、心に留めております。今日、若い人たちに伝えたいのは、私たち大人が失敗したことを、諦めないで追求していってほしいということです。誰もが再び、戦争の恐ろしさを体験することのない平和な世界をつくってください」と訴えた。

近藤さんの前に登壇した、カンボジアの仏教指導者で、国際的な平和運動家でもあるトゥッチ・サリス師は、33歳の時にアッシジでの「寒かった世界平和祈願日」に参加したことを追憶。73歳になった今、「アッシジの精神が、世界の諸宗教指導者によって支えられ、壊滅的な戦争が無くなるまで、平和構築において指導的な役割を果たせるように」と願った。

閉会式は当初、教皇レオ14世の出席が予定されていたが、肺の手術を終えたばかりの教皇は医師の勧告で欠席となり、ビデオメッセージを送った。この中で教皇は、「聖ヨハネ・パウロ2世がアッシジの精神を継承するよう誘(いざな)っている」と言明。冷戦後、「世界がグローバル化し、福祉や民主主義の安定が促進される」と期待されたものの、「世界の一致と平和は到来せず」、「原理主義的、アイデンティティー重視的、国家主義的な反応を引き起こした」と分析した。こうした世界情勢の中、「国際政治の手段が戦争に回帰している」ことへの憂慮を表明。「世界の、あらゆる場所で平和が構築されるべきであり、他の戦争を準備してはならない」とし、「神の名によって戦争することは不可能であり、宗教の名によって戦争することは、宗教そのものを打撃することだ」と糾弾した。

閉会式で公表された「アッシジからの平和アピール2026」は、世界平和の構築は「全ての人に開かれた共同の工房」と称し、世界は対話と将来への展望の欠如に苦しんでおり、これこそが、人類の最大の成果である平和と地球の保全を危機に陥れていると指摘する。「私たちは皆、同じ舟に乗っている」と強調する同メッセージは、「私たちが戦争に終止符を打つか、それとも戦争が人類を終わらせるか、そのどちらかです」、「戦争は、もうたくさんです。戦争の文化はもうたくさんです」と主張し、「世界を戦争という病から癒(い)やし、社会的対立を減らしていくために、私たちは対話の想像力と平和への勇気を選びましょう」と呼びかけている。このメッセージは、登壇した各国の子どもたちに手渡された。

最後に、世界の諸宗教指導者たちが、壇上に設置された「平和の燭台」に点灯。光祥次代会長も代表者の一人として火をともした。出席者たちは壇上でそれぞれ平和の挨拶を交わした後、来年、北イタリアの港湾都市・ジェノバで再会することを約束してそれぞれの場所に戻っていった。

(宮平宏・本紙バチカン支局長)

 

 

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