信仰に確固とした根を張って――名誉教皇ベネディクト十六世の遺言(海外通信・バチカン支局)

現教皇が名誉教皇と初めて会ったのは2013年3月23日。ローマ郊外に位置するカステル・ガンドルフォの教皇避暑宮殿にいた名誉教皇をコンクラーベ後に訪ねた。同宮殿の礼拝所で2人の教皇が共に祈るのは、カトリック教会史上で前例のない瞬間だった。

両教皇の共存について現教皇は、「ベネディクト十六世の退位は、彼の偉大さの印だった」「彼は、(私にとって)同じ家庭内にいる賢明なるおじいさんのような存在だった」「2013年2月23日の(枢機卿たちとの)お別れの儀で、ベネディクト十六世は、『あなたたちの間に新教皇がいるが、私は、その新教皇に従順を誓う』と述べた。彼は、偉大だった」と述べていた。名誉教皇は、カトリック教義の正当性を守るための役割が長かったため、保守派としての評価を受けていた。しかし、実際は、諸宗教対話を含めて第二バチカン公会議が謳(うた)った現代世界との対話路線を推進していった。

だが、現代世界のさまざまな思想の潮流と対話しながらも、カトリック信仰を否定したり、攻撃したりする哲学やイデオロギーに対しては、明確なビジョンを提示しながら反論した。バチカン記者室から昨年12月31日に公表された「ベネディクト十六世の遺言」の中には、「信仰に確固とした根を張るように。(さまざまな思想に)惑わされないように」との戒めが記されている。

自然科学、歴史科学が、「カトリック信仰を否定する、間違いのない証拠を提供できるかのように見えた」と主張する名誉教皇は、「信仰に反対する、一見して確証だと考えられていた事実が消滅してしまった」との確信を表明している。「自然科学との対話によって、自然科学の主張するところの限界についても学ぶことができた」と明らかにした。多くの世代を通して、自由主義、実存主義、マルクス主義といった思想が揺るがないテーゼ(定立)として信じられてきたが、それらは仮説に過ぎないことを理解できたからだ。名誉教皇は、「私は、絡み合って渦巻くさまざまな仮説の中から信仰の合理性が生まれ、これからも存続していくことを見てきた」と記して遺言を結んだ。

サンピエトロ大聖堂には1月2日から4日の間に、約20万人の信徒たちが訪れ、名誉教皇に別れを告げた。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)