キリル総主教の言動に揺れる世界の正教会 バチカンの平和外交が始動(海外通信・本紙バチカン支局)

ギリシャ正教会のイエロニモス大主教(ギリシャ・アテネ)は3月14日、キリル総主教に「世俗(政治)の指導者たちの戦争計画に反対するように」と訴えた。ロシア正教会最高指導者がそうした言動をすれば現代世界における正教会を再び結び付けるが、正教会間における戦争はキリスト教徒としての信ぴょう性を失わせるという思いからだ。

ロシア正教会に近いセルビア正教会のポルフィリエ総主教も同1日、ロシアのウクライナ侵攻に触れ、同じ信仰、切り離すことのできない歴史と文化を持つ二つの友愛国家と民族が衝突したことに対する「苦痛」を表明し、「武器の使用が可能な限り速やかに停止され、対話が開始されるようにと平和の創造主である神に祈る」と述べた。ルーマニア正教会の報道担当官であるバジール・ベネスク氏は同2日、ロシアのウクライナ侵攻を「不正な戦争」とし、「欧州諸国が持つ民主主義に対する攻撃であり、人道上の大災害という悲劇的な状況を生み出している」と非難した。ウクライナ正教会のモスクワ総主教区からの独立を承認し、ロシア正教会と鋭く対立するコンスタンティノープル・エキュメニカル総主教のバルトロメオ一世も、ロシア軍がウクライナに侵攻した直後に、「動機のない攻撃」と指摘。「欧州の独立主権国家と人権への侵害、人類、特に一般市民に対する野蛮な暴力行為である」と糾弾した。ロシア正教会管轄からのウクライナ正教会の独立に反対していた、ウクライナ正教会のモスクワ総主教区派もロシア軍の侵攻後、モスクワ総主教区からの独立を検討している。礼拝の終わりにキリル総主教の名を唱える習慣を廃止し、バルトロメオ一世の名に置き換えることも考えている。

本稿をここまで書き終えた時、バチカンから声明文が配信されてきた。ローマ教皇フランシスコとキリル総主教が同16日、「ウクライナ“戦争”とキリスト教徒、司牧者(指導者)の役割」について電話会談した、という内容の声明文だった。

それによれば、両指導者が「キリスト教の教会は、政治的言語ではなく、キリストの(福音の)言語を使う」ことで合意し、戦争を停止させるため、「平和と苦しむ人々を支援すると同時に、平和への道を築く努力によって一致する」ことを約束し合ったとのことだ。両指導者が優先すべきこととして「和平交渉プロセスの重要性を指摘した」とも伝える。

また、会談では、教皇がキリル総主教に対し「戦争の代価を払うのは、一般市民、ロシア人兵士、爆撃されて死ぬ人々だ」と述べたことを明らかにしている。教皇はさらに、「過去、カトリック教会内部においても聖戦や正戦について話し合ってきた。だが、今日では、平和の重要性に関するキリスト教意識が進展し、そのような議論はなくなった」と続けたとのことだ。キリスト教諸教会が、平和と正義を強化していくことに貢献するように促されているという点で見解の一致を見いだしたといえる。教皇は最後に、「戦争は常に不正です。戦争の代価を払うのは、神の民(教会メンバー)です。戦争が、(解決への)道となることはありません。私たちを結束させる(三位一体の)聖霊が、教会の司牧者として戦争に苦しむ諸国民を支援するようにと、私たちを促しています」と述べ、電話会談を終えたとのことだ。この電話会談が、どちらの働きかけで実現されたかについては明らかにされていない。ただ、「ウクライナ戦争」の調停を求めてバチカンの平和外交が始動したことだけは確かだ。
(宮平宏・本紙バチカン支局)