「人類の友愛」に応答する法華経(バチカン記者室から)

英国国教会の最高指導者であるカンタベリー大主教のジャスティン・ウェルビー師は、教皇の新回勅を「他者に対する配慮、傾聴、分かち合い、そして、新しい理念と体験へ門戸を開くもので、健全なる人間、社会、国際関係へのビジョンである」と解釈している。

それなら、中東で生まれた一神教の宇宙観を基盤とする「人類の友愛」という理念は、法華経と共通点を持ち得るのだろうか。

それに迫るには、法華経の成立そのものにまでさかのぼる必要があるだろう。1~3世紀の間に成立したとされる法華経は、大乗仏教と部派仏教が激しく対立する中、カースト制度に支配されるインド社会で、「皆に仏性がある」という革命的な教えを説き、膨大な仏の教えを統一(一乗)するために編纂されたといわれている。当時の仏教界を統一しようと試みたのみならず、「人間そのものを尊重する人類平等主義」をうたったのだ。

法華経は、新約聖書の「ヨハネによる福音書」と比較される。この二つは、祖師(ブッダとキリスト)の一つ一つの言動を正確に記録するだけでなく、「一致(あなたたちが一つであるように――キリスト)」(同福音書)と「一乗」(法華経)という統一ビジョンを根幹に置いて編纂されているのだ。双方ともに、両宗教史の中で後期に編纂された聖典であり、「思索的、あるいは、解釈学的」(speculative)な内容を持っている。

法華経を取り上げたNHKの番組「100分 de 名著」のウェブサイトには、「当時の思想状況や社会状況に照らし合わせて『法華経』を読み解いていくと、当時の常識では到底受け容れられないような新しい考え方や価値観を、象徴的な出来事や巧みなたとえに託してなんとか表現しようとする作者たちの意図が明らかになってきます」と説明されている。

従って、現代において法華経編纂者たちの意図を理解するということは、「排外(排他)主義の横行、頻発するテロや紛争など、憎しみや対立の連鎖からなかなか抜け出せない現代、『法華経』を読み直すことで、『差異を認め合い、共存・融和を目指していく知恵』『自己に眠る大きな可能性を開いていくには何が必要か』などをもう一度学び直したいと、あらためて痛感しています」(同)といった菩提心を起こすことにつながるのだ。世界の各地で頻発する宗教の名を使ったテロ攻撃に対しては、「常不軽菩薩」の精神で立ち向かうということになる。

なお、欧州統一構想の精神的基盤となったキリスト教の一致思想と、法華経の一乗思想の間にも、共通した宇宙観を見ることができるといわれているが、この考察は他の機会に回したい。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)