年頭法話 立正佼成会会長 庭野日鑛

「人を植える」という命題に 全力を尽くすことが、私たちの務め

二十年前、本会は、教団創立六十周年を期して、『一人ひとりの心田を耕す佼成会』の総合目標を掲げました。そして、この二十年の間に、一つ一つ新生がはかられ、目標とする方向へ着実に前進してきました。

また創立七十周年の年から、全会員へのご本尊勧請を推進し、取り組んでまいりました。このことを通じ、本会において仏教の三宝帰依(さんぼうきえ)の基本が成就したといえます。そして、十年の間に、ご宝前を中心にした家庭が確実に増え、定着してきました。

このような経緯を踏まえ、来たるべき百年、つまり教団創立から一世紀を展望して、人材育成――人を植える――という根本命題(こんぽんめいだい)に全力を尽くしていくことが、私たちの大事な務めであります。

では、どのような人を育成していけばいいのでしょう。それは「仏さま及び開祖さま・脇祖さまの人を慈(いつく)しみ思いやるこころ、人間本来のこころ(明るく 優しく 温かく)を持って、菩薩道(人道=じんどう)を歩む人」にほかなりません。

では、どのようにすれば、そうした人づくりができるのでしょう。それは、「ご供養」「導き・手どり・法座」「ご法の習学」という「三つの基本信行」を徹底することです。

二宮尊徳翁(にのみやそんとくおう)の歌に「この秋は 雨か嵐か知らねども 今日のつとめの田草(たぐさ)取るなり」とあります。

秋になると雨が降ったり、嵐が来たりして、稲作がどうなるか分からない。しかし、いまはとにかく目の前の雑草を取り除いていくことが大切なんだ、という意味です。

この歌は、私たちが、いま為(な)すべきことは何かを示唆しているように思えます。

私も田植えをしたことがありますが、苗を植えてから、一、二週間すると、雑草が生えてくるので、取り除きます。それも、一番草(ぐさ)、二番草、三番草と三回ほど作業をしなければなりません。取り除いた草は、捨てるのではなく、田の泥の中に埋めます。それが、稲の肥やしになっていくのです。

画・茨木 祥之

これと同様に、人づくりを進めるには、「三つの基本信行」をコツコツと実践することが基盤となります。そして、家族同士、サンガ同士が、励まし合い、学び合い、共に成長していくことを通して、やがては、「実りの秋」を迎えるのであります。

人間は、先々のことが気になると、つい目の前のことに力が入らなくなります。

しかし、私たちの人生の中で、最も重要なのは、いつも「いま目の前にあること」です。なぜなら、私たちが使える時間は、過去でもなくて、未来でもなく、「いま」しかないからです。いまこの瞬間の出来事に一つ一つ丁寧に取り組む――それが積もり積もって、人生を充実したものにしていくのです。

私は、少し前まで、本会の創立百年を、まだだいぶ先のことと思っていました。しかし、あと二十年となると、ずいぶん差し迫ってきた感じもします。

これまで私は、「釈尊が私たちにお伝えになりたかった根本の精神を把握していこう」と、繰り返し皆さまに申し上げてきました。

つまり、いま自分が、いかに恵まれているかに気づき、一見(いっけん)不都合と思われることの中に、仏さまの説法を見いだしていくこと。自も他も共に救われることが、真の幸せであることに気づくこと。つい頼ってしまう信仰から、主体的で、自立した信仰へと生まれ変わり、「自灯明・法灯明」を胸に精進していくこと。端的にいえば、これが釈尊の教える本質的な救われであり、「心田を耕す」ということであります。

創立百年に向け、私が願うのは、一人でも多くの信者さんが、仏教徒として、真の宗教者として成長されることです。

私も、皆さまと共に、急がず、息(や)まず、そして、あらゆる時と場で、心田を耕し続けてまいりたいと思います。