内藤麻里子の文芸観察(45)

誤解を恐れず言えば、読み終わった時、まさか小説でお芝居が観られるとはという、いささか妙な感慨にふけってしまった。それが永井紗耶子さんの『木挽町(こびきちょう)のあだ討ち』(新潮社)である。

木挽町にある芝居小屋の裏手で、美少年、伊納菊之助が博徒(ばくと)に成り下がっていた父の仇(かたき)、作兵衛をみごと討ち取った。その仇討ちから2年、菊之助の縁者だと言う若侍が芝居町にやって来た。仇を追って江戸に出てきた菊之助は芝居小屋に身を寄せており、当時を知る者に事の次第と、その者の来し方を聞かせてほしいというのだ。菊之助からの紹介状も持っている。

木戸芸者の一八、殺陣を指南する与三郎、女形をしながら衣装部屋を仕切る芳澤ほたるら、芝居町の癖のある面々が、それぞれが見た菊之助を語り、自分の身の上を明かす。この身の上話がめっぽう面白い。吉原の女郎の子だったり、御徒士(おかち)の三男だったり、親を亡くして隠亡(おんぼう)に育てられたり。さまざまに生まれ、育ちながら寄る辺なさを抱えた末に芝居町にたどり着いた者ばかりだ。まずは冷静に菊之助について話すのだが、自らの生い立ちを語った後は、なにがしか菊之助への情がにじむ。

こうやって話を聞く過程で、何が起きているのかよく分からないのだが、何かが進行している。一方で、父を殺した作兵衛は伊納家に仕え、幼い頃から菊之助の世話をしてきた家人だったことも分かる。そんなミステリー仕立てのストーリーテリングが秀逸だ。

やがて驚くべき真実が明らかになる。芝居小屋にたむろする者たちの面目躍如。彼らの話がつるつるとつながり、今まで見ていた光景が一変する衝撃があった。タイトルが「あだ討ち」と、ひらがな交じりになっているのは深い意味があった。それで、冒頭に挙げた感想を持つに至ったのだ。それだけでなく、虐げられたり、つらい目、理不尽な目に遭ったりしても自分の足で立って生きてきた人間たちの強さ、自由さが菊之助自身と仇討ちを支えたことが知れる。物語の背骨を貫くテーマと言っていいかもしれない。

さて、仇討ち成った菊之助は故郷に帰還し、父の汚名もそそぐことになる。いろいろとすっきりする物語だった。

ちなみに、本作は先ごろ山本周五郎賞を射止めた。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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