TKWO――音楽とともにある人生♪ ティンパニ・坂本雄希さん Vol.2
現在、東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)のティンパニ奏者として、楽団のハーモニーを支え、リズムをリードする坂本雄希さん。今回は、坂本さんの音楽との出合いや、吹奏楽コンクール出場にまつわる学生時代のエピソードなどを紹介する。
中学校の吹奏楽部で味わった喜びと悔しさ
――音楽との出合いは?
4歳からピアノを習いました。自分では覚えていないのですが、生家の2軒隣の家からピアノの音が聞こえてきて、3歳の私が、「これ(ピアノ)をやりたい」と言い出したそうです。子供の思いつきですし、ピアノは安いものではないですから、「じゃあ買ってあげよう」とはいきませんよね。でも、私は半年間、欲しいと言い続けたそうです。決して裕福ではなかったのですが、両親は不思議がって、〈これは何かあるのかも!?〉と、アップライトピアノの中でも、グランドピアノのフレームを使っているような立派なものを買ってくれたんです。このことがなかったら音楽の道には進んでいませんから、今となっては本当に感謝しかありません。
その後、自分で音を鳴らすこと、メロディーを弾けるようになることが楽しくて、夢中で練習したことを覚えています。この思い出のピアノが、私の原点です。今年、オーバーホールに出して、生家から現在の自宅に持ってきましたが、初めて音を聴いた時のワクワク感を思い出しながら弾いています。
もしも私がティンパニでソロのリサイタルをやるなら、アンコールの時に、ピアノで一曲だけ演奏するのが夢です。とはいっても、私はティンパニストですから、ソロのリサイタルを開催するなんて、まず、ないんですけどね(笑)。
――なぜティンパニを演奏するように?
音楽が好きで、中学では吹奏楽部に入ったことがきっかけです。吹奏楽にピアノはないので、メロディーのない楽器を演奏することへの興味から、パーカッションを選びました。中学2年生の時、全日本吹奏楽コンクールで演奏する曲の中にティンパニのソロパートがあり、その曲でたまたま、ティンパニを担当することになったのです。
コンクールでは、プロの演奏家が審査員としてそれぞれの演奏の講評を書くのですが、私たちの演奏に対して、「ティンパニがすごく良かった」と記してありました。ティンパニを初めて叩(たた)いた時から、〈この楽器、好きだな〉という感覚があったのですが、プロの演奏家の一言でやる気が出て、それまで以上に練習に力を注ぎました。
今、私自身が、各地の音楽コンクールでの審査を依頼されるようになりました。その際、良いと思う演奏に出合ったら、パートを問わず、必ず楽器の名前を出して講評を書くようにしています。ほんのちょっとのことですが、その“ちょっと”は、私がティンパニ奏者を目指す上で欠かせない大きな出来事でしたから。
――講評の一言が自信になったのですね
そうですが、音楽はそう簡単ではないですよね。当然ながら、良い思い出ばかりではありません。
中学3年生の時、吹奏楽部の演奏で指揮をしていた顧問の先生が、全日本吹奏楽コンクールの県予選直前に、部の指導を一時的に離れることになり、私が学生指揮者として、演奏をつくり上げていく役割を任されました。しかし、なかなかうまくいかず、状況を変える方法も分かりませんでした。悩みに悩んでコンクール当日を迎えたのですが、結果、県大会を突破することはできませんでした。それも、足りないのはたった1点だけ……。その前年は、かなり良い点数で県予選を通過していましたから、余計に、〈あと1点分、俺に何かできたのではないか?〉と自分を責めましたね。
その悔しさがずっと心にありました。当時、私は音楽を感覚的にしか捉えることができなかったので、演奏の中で「こうしたらもっと良くなる」と思っても、部員にはなかなか伝わりませんでした。自分の感覚を相手に伝わるように言えなかったのだと思います。この経験を通して、思ったことが伝えられる手段があるならば、身につけたいと強く思うようになりました。
褒められると自信が出ますが、苦い経験も成長していくには必要だと思います。