【医学博士・武地一さん】“自分らしさ”を取り戻す つながり育む「認知症カフェ」

未来に向けた地域包括ケア

――ご自身も認知症カフェを運営していますね

私が共同でカフェを始めたきっかけは、2012年に開かれた「京都式認知症ケアを考えるつどい」でした。そのつどいで、認知症になってもその人らしく、豊かな人生を送ることができる社会の実現を目指す宣言文が採択されました。当時、京都大学病院の「もの忘れ外来」で診療に携わっていたこともあり、その理念に強く共感しました。臨床の場だけでなく、地域の中でも認知症の人や家族を支えられる居場所をつくりたいと考え、京都市内の2カ所に開きました。

認知症の本人と家族を主な参加者とした「オレンジカフェコモンズ」では和やかな雰囲気の中で、家族同士が自由に相談し合う姿が見られます。認知症の本人が“自分らしさ”を取り戻す場としても活用されてきました。

私たちのカフェに、企業の人事部で長く働いていた方が参加されていました。症状の進行で外出が難しくなっていたのですが、カフェで出会った学生スタッフに就職への心構えや社会人としての経験を語るうちに、生き生きとした表情を取り戻していかれました。学生も、人生経験に裏打ちされた貴重な助言を得ることができました。また、若い頃に紙芝居を得意としていた認知症の女性のために上演の場を設けたこともあります。カフェを訪れた親子連れの前で、女性は臨場感あふれる紙芝居を演じ、大きな喝采を浴びました。その姿は、「認知症になると何もできなくなる」という思い込みを見直すきっかけになったと思います。

認知症の本人や家族が、認知症カフェにサポートを求めていることは確かです。「支援する側・される側」という関係が生じる場面もありますが、活動の本質はそれだけではありません。参加者一人ひとりの経験や力を生かしながら、互いに学び、支え合う、双方向の関係が育まれる場でもあるのです。

――認知症への理解が進まず苦しむ人は少なくありません

認知症に対して「何も分からなくなる」といった固定観念が世の中にあることは事実です。しかし、実際に当事者と接すると、その人らしさや培ってきた経験・能力が失われていないことがよく分かります。

武地氏が関わった認知症カフェ(京都市内)=本人提供

私が二つ目に関わった「オレンジカフェ上京(かみぎょう)」は、地域住民やボランティアなど誰でも参加できる「地域交流型」の認知症カフェです。認知症への理解を広げることを目的に、広報にも力を入れ、幅広い人々が気軽に参加できる場づくりを進めてきました。カフェは、当事者と地域住民が自然に交流することで偏見や固定観念を和らげ、認知症への理解を深める啓発の場としても重要な役割を果たしていると感じています。

――地域で支え合うために必要なことは何でしょうか

認知症になっても安心して暮らしていくためには医療や介護サービスだけでなく、地域全体で支え合う仕組みを活用することが大切です。例えば、相談窓口や支援制度を自治体がまとめた「認知症ケアパス」を知っておくだけでも、不安は大きく軽減されます。「支える側」と「支えられる側」を分けて考えるのではなく、誰もが将来当事者になり得るという“自分事”としての視点を持つことが必要です。

近年、認知症予防への関心が広まっていますが、「予防できなかったのは本人の努力不足」といった考え方につながってしまうと、新たな偏見や差別を生む恐れがあります。予防は大事ですが、同時に認知症になっても尊厳を保ちながら暮らせる共生社会の実現が急がれます。そのためには、認知症の症状のある人を特別視するのではなく、地域で共に暮らす一員として理解し合うことが欠かせません。認知症カフェのような場で互いを知り、自然に支え合える関係を育んでいくことが、共生社会への一歩ではないでしょうか。

プロフィル

たけち・はじめ 1961年生まれ、滋賀県出身。京都大学医学部卒業。同大学院や大阪バイオサイエンス研究所、ドイツ・ザール大学生理学研究所などで臨床・研究に従事。99年、京都大学医学部附属病院に「もの忘れ外来」を開設。藤田医科大学医学部認知症・高齢診療科教授を経て、現在は医療法人生生会まつかげシニアホスピタル・認知症疾患医療センター老年科部長。日本認知症学会・日本老年医学会専門医。認知症を中心に高齢者医療、地域連携、介護者支援に取り組む。著書に『ようこそ、認知症カフェへ』(ミネルヴァ書房)など。

▲