【「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」代表・黒井秋夫さん】戦争は終わっていない 連鎖する「戦争トラウマ」
戦争トラウマと向き合って
――家族会では、当事者が自らの体験や父親について語る場を定期的にもっています。参加者に前向きな変化はありますか
全員の状況が改善しているとは一概に言えませんが、それでも、話すことで心が軽くなる面があるようです。例えば、初参加の時はお面をかぶり、ついたて越しに話した人が、翌年の交流会では本名と顔を出して司会を務めました。回を重ねるごとに皆の表情が明るくなり、気持ちを言葉にできるようになっていると感じます。
また、家族会のメンバーに、幼少期に父親からむごい虐待を受けた女性がいます。9歳で父親が亡くなった時には、兄とバンザイをしたそうです。彼女は恐怖でいまだに父親の写真を見られません。それでも、家族会の活動と並行して父親の軍歴証明書を取り寄せ、抑留されていたロシアまで父親の写真を持って行きました。足跡をたどる中で、少しずつ父親を受け入れられているようです。

「PTSDの日本兵と家族の交流館」には、黒井さんがたどった父・慶次郎さんの軍歴が展示されている
子どもの頃から父親に殴られ、存在を否定されてきた人たちが、父親の行動は戦争で人格を破壊されたことに原因があり、父親は自分を愛さなかったのではなく、愛せなかったのだと理解できたら、救われるものがあります。自問自答かもしれないけれど、自分の中の父親と向き合うことで、それぞれの人生を取り戻そうとしているのです。
暴力の連鎖に悩む家族会のメンバーたちも、皆、連鎖を断ち切る努力をしています。希望も含めて言えば、私はきっと断ち切れると思います。たとえ子どもに暴力を振るったことがあったとしても、皆、根っこでは子どもや孫の幸せを願っていることは間違いありませんから。
――戦争トラウマの影響を受けた方たちに対して、第三者ができることはありますか
関心を持ってくれる方がいたら、どんな形でもいいので、この問題に関わってほしいです。
また、トラウマを抱えた人がつらい記憶を語り始めたら、話を促したり、あまり相づちを打ったりしないことです。本人が話したくないことまで根掘り葉掘り聞くと、記憶がフラッシュバックし、PTSDが悪化することがあります。中には、断片的な記憶しかない方もいて、それを思い出しながら語るために話がスムーズではないこともあります。ですから、話が完全に終わるまで遮らず、本人のペースで話せるよう聞くことが、当事者に寄り添う上で一番大事だと思っています。
戦争に行った親の影響で子どもや孫の世代が精神を病み、今も苦しんでいるというのは、極めて根が深い問題です。人々の人生をねじ曲げてしまう戦争を、二度としてはいけない――。そのために私は声を上げ続けます。
プロフィル
くろい・あきお 1948年、山形県生まれ。2018年に「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」を設立し、23年、「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」に改称。また、20年には東京都武蔵村山市の自宅敷地に復員兵や戦争に関する資料を集めた「PTSDの日本兵と家族の交流館」を開設した。
おしらせ
「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」は東京、関西での年1回の証言集会に加え、東京、神奈川、東海、関西、九州で定例会を行っています。このほか、戦争トラウマに関する講演会やオンライン読書会を実施しています。 詳細は同会ウェブサイトから https://www.ptsd-nihonhei.com/





