創刊70周年【一般財団法人日本総合研究所会長・寺島実郎さん】叡智を求め人類が生み出した宗教を伝えるメディアの役割

宗教が心の基軸の一つに

――世界中の人に宗教という「意識」がなぜ必要なのでしょうか?

それには、古来の人類の進化の過程をひも解くことが必要です。約20万年前、アフリカ大陸に登場した人類の先祖であるホモ・サピエンスが狩猟と採集で生活し、10万年前頃から遺伝子の突然変異で思考と言語を覚え、意思疎通を拡充する過程で自らの存在の意味を問いかける能力を身につけ始めたと考えられています。

また、約6万年前から、ユーラシア大陸をはじめ地球全域へと移動と分散が繰り返される中で、大自然の驚異と偉大さに霊性を感じるとともに、人間という存在に無力感を味わい、聖なるものを設定する心情が芽生えたのではないかと思われます。

さらに、1万年前頃から定住と農耕が始まると社会的関係性が大切になります。つまり、移動が常態で、危険やストレスを感じるものから逃げられた時代とは異なり、気に入らない他者とも帰属社会の中で忍耐と調和を保って生きなければならなくなった。また、社会を構成する権力や組織の利害対立などを制御して秩序を守る価値基準も必要になり、自律を求めて人知を超越した存在への想像力を膨らませる中で、宗教につながる心性が動き出したといえます。

だからこそ、現代世界においても、信仰心の有無にかかわらず、全人類が「意識」という意味での宗教を日々感じて、忍耐と調和を失わずに生きていくことが重要と考えます。むしろその度合いは、現代の戦争に見られるような、核の脅威によって人類のみならず地球上の全ての生命を破壊する危険性を持つ行いが、現実化しないよう制御するためにも、今後、ますます高まると思います。

――今後の日本社会にとって、本紙を含む宗教メディアが貢献できることは

極端なまでに政治権力と一体化した国家神道によって戦争に突き進み、多くの人命が犠牲になったことへの反動から、戦後の日本はひたすら経済の復興・成長を最優先する「宗教なき社会」を歩んできました。しかし、「経済的な繁栄を通じた幸福」を追求した工業生産力モデルは、デジタル時代の今、機能不全に陥っています。

その後のコロナ禍を経て、世界各地で紛争が発生し、エネルギーの需給バランスが崩れ、経済も混迷を極めています。今後は米国のトランプ政権のかく乱によって、世界のみならず、日本社会もさらに混沌(こんとん)としていく可能性があります。それに伴い、人々の心も不安定になっていきます。

そうした時代の中で、心の基軸の一つとしたいのは、やはり宗教の力です。特に仏教については、日本への伝来以降、国体護持の仏教から、親鸞や日蓮という宗祖たちが登場し、法華経に帰依した日蓮系の仏教と、阿弥陀仏への帰依を唱える親鸞の浄土系の仏教が衆生救済の教えとして広まり、現代に至るまで日本人の心に馴染(なじ)んできた長い歴史があります。現代の日本社会を見た時、日蓮系と浄土系の信徒数を合計すると、実に4000万を超す日本人が、信心の濃淡はあれ、この二人の宗祖の精神世界の影響を受けており、われわれの精神性に日蓮と親鸞の教えが入り込んでいるといっても過言ではありません。

このように、仏教によって民衆の心が救われた歴史に思いを馳(は)せつつ、仏教の原点に立ち返り、内省と衆生の救済を説示し、釈尊の教えにとても近いとされる法華経を信仰する人々が、他の宗教・宗派と協力しながら教えを世に広める意義は大きいと考えます。

今こそ、仏教が説く平和の思想を広宣流布しながら人の心のレジリエンス(耐久力・回復力)を取り戻す必要があると思います。完全なる叡智(えいち)を求めて人間が生み出した宗教を、世の中へ普(あまね)く伝える役割を宗教メディアは持っています。その一翼を担われている佼成新聞が、今後もより多くの人の目に触れて、心救われる人が一人でも多く増えることを祈念しています。

プロフィル

てらしま・じつろう 1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産常務執行役員などを歴任後、現職。多摩大学学長も務める。著書に、『世界認識の再構築――17世紀オランダからの全体知』『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(岩波書店)他多数。