【財政社会学者・井手英策さん】痛みも喜びも共有し合う 経済社会の実現に向けて

医療や福祉など国民が生きていく上で必要な基本的サービスを供給する社会保障制度。安心して生活するための仕組みであり、その財源は国民の税金などから賄われている。社会保障を充実させるには、税の引き上げは避けられない。しかし、日本では増税に対する世論の反発がいまだ根強い。財政社会学者の井手英策氏は、増税に対する反発を、「税負担の割に『受益感』(サービスを受けているという実感)が少ないのが原因」と断言する。現行の社会保障制度の弊害と、より良きあり方について聞いた。

収入が減り、貯蓄率が低下 税負担感は増加傾向に

――著書『18歳からの格差論』の中で指摘されている、日本社会に生じている「分断」とは?

現代社会を見てみますと、政府と国民、高齢者と現役世代、正規雇用と非正規雇用など至る所に対立構造が存在します。特に、わが国の社会保障は、年金や医療、介護など高齢者向けの保障が多いのが特徴で、言い換えると、長年働いた人への「ご褒美」としての年金、事情があって働けない人への「施し」としての支援が大部分を占めているということです。つまり、働く人がそれ以外の人を支えるという「経済成長を前提とした社会システム」になっていると言えます。

例えば、高齢者向けの保障の割合は先進国の中でもトップクラスなのに、現役世代への保障の割合は後ろから2番目。特に単身の女性は、サービスを受けている感覚が非常に乏しいと思われます。すると、受益感の低い現役世代は、「お年寄りはもらい過ぎだ」と思ってしまう。ここに世代間の大きな「分断」が生じてくるわけです。

しかし、高齢者に「今の預貯金で安心して残りの人生を生きていけるか」と問うと、欧米では約70%が大丈夫と答える一方、日本はその半数の37%。日本の高齢者の多くが将来に不安を抱えているのです。

また、高齢者だけでなく、この20年で会社員の収入は減り、貯蓄率も低下しました。共働き世帯が増えているにもかかわらず、一家族の所得はピーク時に比べて2割も落ちています。平均所得以下の世帯が国民全体の6割、年収200万円以下は1000万人を超えています。さらに、仕事を持つシングルマザーの割合が先進国で一番高いのに、一人親家庭の貧困率は先進国の中で第1位なのです。

「困った人を助けよう」という思いは誰しも持っているものの、親切心を持つ心のゆとりがなくなるほど生活は厳しく、貧しい時代になっていると思います。多くの人がぎりぎりの生活を送る今、高齢者や非正規労働者といった弱い立場の人たちの「救済」に税金を充てれば充てるほど、現役で働く世代の負担が増え、増税や格差是正への反発が強まり、社会の対立が深まってしまうのです。

――なぜこのような分断が起きてしまうのでしょうか。

日本人の精神性が深く影響していると思います。稲作で発展してきた日本は、集落単位で領主や幕府へ年貢を納めるという税制度をとってきました。連帯責任を強く求められ、人々は強制的に助け合わなければならなかった。農業に不可欠な水をめぐり、集落同士で争いを重ねてきたという歴史もあります。昔から、自分の村の発展のためにお金を使うことは厭(いと)わないけれど、他の村のために代価を払うという発想がなかったとも言えます。欧州などキリスト教圏では、「隣人愛」など万人に共通する価値観により、全ての人にとっての利益を考える土壌があり、医療や教育分野の社会保障が進歩してきました。

もう一つ、昔から勤労や倹約が美徳とされ、無駄遣いをせずに生きていくことが良いとされてきた点が挙げられます。こうした価値観は、ともすると、努力しても成果が上がらなかった場合、「自己責任」という言葉で片付けられてしまうことがあります。経済的な困窮も努力不足と見られる傾向が強く、生活保護を受給することは恥だといった固定観念につながる。先進国の中で生活保護制度を利用する人の割合が極端に少ないことがそれを物語っています。

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