立正佼成会 庭野日鑛会長 9月の法話から

心を具えたいのち

「性(しょう)」という字は、「仏性」とか、また私ども人間の「本性」だとか、神道で言えば「神性(しんせい)」とか、また、儒教的な大きな立場から見ると「天性」とか、「霊性」とか、いろいろな言葉があります。この字は、「心」の意の「忄」(りっしんべん)と、その横にいのちを表す「生」という字を書きます。その字に「仏」をつければ「仏性」、そしてまた人間にもともと具(そな)わっているのだという意味では「本性」と、「性」という字の上にいろいろな文字が付きます。ですから、これは「忄」がありますから、心を具えた人のいのちということができます。私たち人間にはお互いさまに、そういう本性が具わっているということです。この「性」を自覚して、人さまの幸せのために、人さまが救われるために、今、精進をさせて頂いているということであります。
(9月10日)

社会と道場

昔、日本では、人がだんだんと20軒、30軒と住み着いて、村ができてくると、そこに必ずと言っていいほど、神社が建つのだそうですね。人々が集まり、そこでどうするかとみんなで集まって相談をする所、それがいわゆる神社であったということです。みんなで会議を設けていろいろと相談する。ですから、日本では「社会」という言葉は、「神社」の「社」と「会う」と字を書きます。地域でそうした小さな社会ができて、小さな集まりから、だんだんと大きくなって町や市になっていく。その一番もとになる、わずかな人たちが集まって相談をする、それが「社会」という言葉、文字になっているのだと聞かせて頂いたことがあります。

教会(道場)がコンパクトになるということは、感覚的には教会が小さくなるような感じもいたします。しかし、建物が大きくなくとも、そこにみんなが集まって、いろいろ相談ができるということであれば、とてもそれは素晴らしいことではないかと思います。今までの大きな道場ですと、電気代とかいろいろなものがかさばって、大変なことにもなります。

人間というのは、もちろんみんなが幸せにと思って社会をつくり、都会をつくって、80億という大勢の人口を抱えて、今、この地球があるわけでありますけれども、その人間が、地球温暖化に大きく影響しているのです。私たちは、なるべく教会道場などもこぢんまりとして、そして本当にみんなが、このご法がよく分かる、みんなが幸せになる、しっかりとその方向に行くことができれば、その方が、温暖化などの問題にかかわっていくことになるのではないかと思うのです。

教会道場がコンパクトになっても、私たちの信仰になにも影響はありません。これからは大きな建物といったものよりは、むしろ本当に仏さまの教えを受け入れて、私たちの心が、いかに仏さまの教えによって救われていくか、また、多くの人々にお伝えをしていくかが、とても大事になるのではないかと思います。本当に根本的なことを、お互いにしっかりと心得て、仏さまの教えを頂いて、私たちが救われ、また日本が平和な国家になり、そして世界に貢献できる国になっていけるように――私たちは、建物の大きさよりは、仏さまの教えの尊さ、有り難さを大きく受けとめて修行させて頂くことが大切であると、私は受け取らせて頂いております。
(9月15日)

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