DJボウズの音楽語り(1) 文・戸松義晴(浄土宗心光院住職)

画・花本彰

音楽に込められた人々の思い

世の中には、たくさんの音楽があふれています。一つ一つの楽曲の歌詞や音色には作者の思いが込められており、歌い手たちの祈りや思い出も詰まっています。そんな音楽の世界に、住職である私も魅了されている一人です。

小さい頃から家では、父がクラシックレコードをかけていて、テレビやラジオの歌番組にはまり、私の生活は音楽で満たされていました。小学6年生の時に初めて自分で買ったレコードは、ビートルズの「Please Please Me」。その後、何がきっかけだったか、中学1年生からはアメリカのモータウンサウンドを聴くようになり、お小遣いやお年玉を全てレコードに注いでいました。曲名を知らないとレコードを買えないので、夜中の2時から在日米軍向けにラジオで配信されていた「FEN」(Far East Network、現AFN Pacific)の音楽放送を聴いていたほどです。

これから始まる連載では、私が聴いてきた音楽に込められた人々の思いをお伝えします。

著者のコレクションの一部

例えば、アメリカの第二の国歌といわれる「Amazing Grace(アメイジング・グレイス)」。“神の恵み”という意味ですね。葬儀や祝い事、メモリアルデーで歌われ、かつてアメリカに連れて来られた黒人奴隷が神に救いを求めて歌われたという話が代表的ですが、実はこの曲を作ったのは奴隷ではありません。皮肉にも、その奴隷を売る奴隷商人のジョン・ニュートンが生みの親です。

ある時、アフリカからアメリカに渡る奴隷船が嵐に遭い、次々と船員が海に振り落とされる中、ニュートンは神に祈り続けました。生還したニュートンは、奴隷商人として生きてきた罪の呵責(かしゃく)に駆られ、罪を償う思いをアメイジング・グレイスの歌詞に込めて作詞しました。

アメイジング・グレイスは次第に教会で歌われるようになりました。黒人奴隷は、労働先で自由がない中、唯一、教会で神に祈ることだけが許され、耳にする賛美歌の一つにアメイジング・グレイスがあったのです。

「That saved a wretch like me=こんな卑劣漢である私を救ってくださった」。歌詞の一節ですが、この卑劣漢とはニュートン自身のことです。しかし、「wretch」には別の意味もあり、「哀れな人」とも使われます。黒人奴隷は読み替えて、自分たちのような弱い立場、哀れな人でも神は救ってくださると、歌に願いを込めました。

この曲にまつわる話は他にもあります。私が心に染みたのは、アメリカの先住民であるチェロキー族の物語。アメリカ東部に住んでいたチェロキー族のもとに、白人が移住してきました。最初は白人と共存を試みていましたが、その地域に金鉱が見つかると、先住民であるチェロキー族は大統領から強制移住を命じられました。19世紀のことです。真冬に、着の身着のまま、1000キロ以上の道を移動し、寒さと飢えで多くの人が命を落としました。

その中に一組の夫婦がいました。妻は妊娠しており、旅の途中で子供を産み、命を落とします。これから先の旅には妻の遺体は連れて行けません。夫は雪の中に妻を残し、生まれたばかりの赤子を抱えて、歩を進め、道中、子守歌代わりにアメイジング・グレイスを歌い続けました。

現在、ミシシッピ川のほとりに死者の墓が涙の雫(しずく)のように点々とあることから、この強制移住は「涙の旅路」と呼ばれています。チェロキーの人々は先祖が歩んだ歴史を忘れないよう、アメイジング・グレイスを彼らの言語で歌い継いでいます。

アメイジング・グレイスはチェロキーや黒人だけでなく、白人で歌手であるエルヴィス・プレスリーが歌ったことで、白人社会にも広がり、アメリカ全土で歌われるようになりました。そして、なぜこの曲は、人々の心に響くのか。誰もが「こうあるべき」という教え通りには生きられず、心のどこかに贖罪(しょくざい)の思いを抱えています。ニュートンのような思いですね。また、苦しい時、悲しい時、夢も希望もない時に、神に祈る思いをアメイジング・グレイスに乗せます。そのことから、愛され、親しまれています。

さまざまな人が歌っていますが、私が好きなのは、ホイットニー・ヒューストンとアレサ・フランクリンです。日本の歌手でなじみがあるのは本田美奈子ですね。

このように、一曲の音楽が生まれ、人々に親しまれるまでには、時代背景や社会状況、歌い手の思いなど、さまざまなエピソードが存在します。人生をかけて集めてきた3000枚のレコードの中から一押しの一枚を紹介し、歌に込められた人々の思いに触れていきます。

♪ 今回のおすすめ視聴
「Amazing Grace」
エルヴィス・プレスリー https://mf.awa.fm/3ojQzR1
アレサ・フランクリン https://mf.awa.fm/3onPrvo
ヘイリー/本田美奈子 https://mf.awa.fm/3KMvsOv

プロフィル

とまつ・よしはる 1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学、大正大学大学院を経て、ハーバード大学神学校で神学修士号取得。現在、浄土宗心光院住職、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会理事長、浄土宗総合研究所副所長、国際医療福祉大学特任教授を担っている。全日本仏教会理事長、日本宗教連盟理事長などを歴任。趣味は音楽鑑賞(ソウルミュージック)。