バチカンから見た世界(77) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

教皇はこれを踏まえ、旧約聖書にある「ノアの箱舟」のイメージを用いながら、「嵐に襲われた世界の海を航海するには、私たちは唯一の家族として箱舟に乗らなければならない。“友愛の箱舟”にだ」と呼び掛けた。動植物の、あらゆる種を乗せて、大洪水から命を救うノアの箱舟のイメージは、環境破壊や気候変動によってむしばまれる「宇宙船地球号」にも適用され、世界平和にとって、最大の脅威となりつつある問題でもある。

旧約聖書によれば、ノアは神から大洪水を予告され、箱舟を建造する。人類が神との同盟を破ったために、大洪水によって罰せられることとなったからだ。それゆえに、教皇は、創造主である「神が唯一の人間家族の起源であると認識することが出発点」であり、「われわれに共通の人間性としての友愛の根が、ここにある」と説く。ここで教皇が述べている「神」とは、「アブラハムの信仰」と呼ばれるユダヤ教、キリスト教、イスラームに共通する神のことだが、教皇は、「その神は、人類家族を排他的に選別して見るような目を持っておらず、人類家族を慈しみの眼で見ている」とし、だからこそ、「神の名を兄弟に対する憎悪と暴力のために使うことは、その名の重大な冒とく」であり、「宗教的に正当化される暴力は存在しない」と訴える。

また、「友愛の敵は、利己主義」と指摘。利己主義は、「他者の上位に自身や自身のグループを置く行為によって表現される」として、それをいさめ、本来の信仰とは、「友人と敵といった分断を克服し、天(神)の視点に立って、特権や差別を捨てて、あらゆる人間を抱擁するものでなければならない」と説く。

ここで教皇は、寛容の精神によって典礼の自由を認め、過激主義と憎悪に対抗するUAEの努力を称賛しながら、「友愛は、兄弟たちの間にある多様性、それぞれの違いの中において表現される」とし、「宗教の多様性に対する正しい態度は、強要された一様性でもなければ、安易な妥協による諸教混交でもない」と主張した。その上で、宗教の多様性を尊ぶ中で、それぞれの信仰者が実現していくべきこととして、教皇は「対立の解消と多様性の内における友愛、慈悲深い創造主である神の名によってもたらされた、あらゆる人間の平等な尊厳性を追求していく努力である」と強調した。

今、イスラーム世界が取り組む、宗教的少数派を含む全ての国民に「同等の権利を保障する」という努力を、キリスト教の立場から支援するローマ教皇からの励ましの言葉だった。