バチカンから見た世界(62) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

テロの舞台となる地域、背景にある社会状況や文化、人種や民族は違っても、過激派が唱えるイデオロギーは「文明の衝突」論に変わりはない。世界最大のムスリム(イスラーム教徒)を有し、「多様性の内における統一」(パンチャシラ)を国是とするインドネシアにおいて、聖戦主義者は対立をあおり、総人口(約2億6000万人)の9.8%でしかないキリスト教徒をテロ攻撃の標的にしているのだ。

一方、フランス・パリのオペラ座周辺では6月12日、チェチェン生まれで2010年にフランス国籍を取得した青年(20歳)が、ナイフを振りかざして通行人1人を刺殺し、4人を負傷させる事件が発生した。単独テロ事件であり、「われわれの面前でISのドアを閉ざした(イラク、シリアでのISの敗退)ので、われわれは(故国フランスを)攻撃しなければならない」とのビデオメッセージを残しての犯行だった。ISのウェブサイトは、自動小銃や爆弾が入手できなければ、簡単に手に入る台所の包丁やナイフを使って攻撃を実行するようにと、それぞれの国に帰還したフォーリン・ファイターに呼び掛けているという。

南フランスのスーパーマーケットで同17日、ベールをかぶった黒装束の女性が、「アッラーの神は偉大だ!」と叫び、買い物客にカッターで切りつける単独テロ攻撃が発生した。死者は出なかったが、捜査当局は、彼女が精神障害者なのか、それとも、真に過激派なのかの確認を急いでいるという。

欧州大陸における「文明の衝突」論をイデオロギーとするIS系の聖戦主義者によるテロ攻撃の中には、一部に兄弟を巻き込んでのことはあっても、ほとんどが国に帰還した“一匹狼”か、血縁関係のない少数のフォーリン・ファイターのグループによって実行されてきた。アジアにおける家族ぐるみの自爆テロと欧州における一匹狼によるテロ攻撃の背後には、個人よりも共同体を重要視するアジアの精神性と、近代の合理主義を基盤とする欧州文明の個人主義の違いが横たわっているのかもしれないとの見方がされ始めている。いずれにせよ、家族ぐるみである場合には結束力が強く、相互に励まし合うことができるため、外部からの捜査の手が及び難いという状況がある。「文明の衝突」が、アジアで新しい展開を見せ始めたのか。