バチカンから見た世界(50) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

教皇は、このスピーチの中で、ショアー(ヘブライ語で「大災厄」の意、ホロコーストを指す)のような悪のない世界を築くプロセスに言及し、「記憶が果たす必要なる役割」についてヨハネ・パウロ二世の表現を引用したが、この聖人教皇の出身地であるポーランドで、ある法律が可決された。

現在、ポーランドでは右派政党「法と正義」が政権の座にある。「記憶の日」前日にあたる1月26日、同国議会下院で、「国内にあった強制収容所をポーランドと関連させることを禁じ、ポーランドの加担について発言する者は、最長3年の禁固刑に処す」とする法案が可決された。ポーランド国内の強制収容所は、「同国を占領していたナチス軍のものであり、ポーランドの責任は問われない」という論法を取っているのだ。

しかし、エルサレムにあるホロコースト記念館(ヤド・バシェム)には、「ポーランドの田舎へ逃避した25万人のユダヤ人の多くが、ポーランド人によってナチス軍に引き渡され、生き残ったのは1割にも満たない」との史実が記されている。このほか、「約2万人のポーランド人が、ユダヤ人を擁護するために果敢な活動を展開したが、彼らは、特に、ユダヤ人をナチス軍に引き渡そうとする自国のポーランド人から守った」と主張する歴史学者もいる。「多くのポーランド国民が無関心だった」との指摘もなされている。

イスラエル、米国、欧州連合(EU)は、ポーランド議会下院を通過した同法案を、「ホロコーストの否定主義」「国家による歴史の塗り替え」などと批判した。しかし、2月1日、同国議会上院でも同法案が可決され、法として成立させるために必要な大統領の署名を待つのみとなった。ポーランドのみならず、政治的に右傾化を強めるかつての東欧。加えて、“かつて西欧”のEU諸国でもユダヤ人に対する憎悪が高まり、攻撃が増してきたことが危惧される。