利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(7) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

大統領就任演説では、大統領が聖書に手を置いて宣誓を行うし、そのスピーチでも神という言葉がしばしば用いられる。それは特定の宗教や宗派の考え方に立脚しているわけではないから、政教分離とは矛盾しない。それでも、さまざまな宗教や宗派に通底する宗教的精神がその基礎に存在しており、それが人権や民主主義という政治の基底を支えていると考えられているのだ。

もっとも、アメリカ建国の歴史からユダヤ・キリスト教の伝統が背景になっていることは確かだ。今ではイスラームをはじめ他の宗教も国内で影響力を持つようになっているから、このようなアメリカの歴史的な市民宗教には問題があるという人が少なくない。

それでも、ここには大きな可能性がある。グローバルな時代には、ユダヤ・キリスト教だけではなく世界の諸宗教が協力して地球的な市民宗教を形成し、グローバルな政治経済の基礎となることはできないだろうか。さらに、各地域において宗教や宗派を超えた市民宗教が政治の礎となることはできないだろうか。

これは世界全体の課題であり、現時点でこれを達成している近代国家はないだろう。それは人類のフロンティアであり、創造的な課題なのだ。だが、今の時代でも、このような市民宗教という意味なら、宗教的理想を国家や世界の基礎にするという夢を描くことはできる。

その鍵は宗教間の対話であり、宗教協力だ。日本人は初詣には神社に行って、お盆や法事にはお寺に行くというように、宗教や宗派を超えて生きるという伝統を持っている。この伝統を甦らせ、発展させれば、グローバルな市民宗教を形成して、国教とは全く異なった形で新しい宗教的な政治や国家を発展させることができるかもしれない。公共宗教にとってそれは、従来の地平を越えた遠大な夢だろう。そのような高邁(こうまい)な理想の担い手は、いわば公共宗教ver.2とでも言えるかもしれない。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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