食から見た現代(22) グリーフシェアクッキング  文・石井光太(作家)

活動をはじめて意外だったのが、遺族同士の関係性だった。坂上氏は話す。

「最初の頃は、グリーフシェアクッキングを提案した甲斐さんが、同じ遺族である友達を連れて来て開催していました。すると、友達同士のはずなのに、ここに来て顔を合わせるとお互い『初めまして』って挨拶しているんです。私が不思議に思って、お友だちではなかったの? と尋ねたら、こう言うんです。

『これまでずっとインスタでやりとりしていただけだったんです。なので、直接顔を合わせるのは今日が初めてなんです』

インスタでは、たくさんのご遺族が悲しみを書き綴(つづ)ったり、子どもの写真をアップしたりしているそうです。そういうご遺族同士がつながってメッセージを交換しているうちに仲良くなる。それで対面で話したいということでうちに来たのです」

インスタグラムに限らず、SNSで病名などを検索してみれば、様々な当事者のアカウントがヒットする。そこで病気に関する情報を交換しているうちに少しずつ親密になり、悩みを打ち明けたり、悲しみを分かち合ったりすることがある。初めの頃に甲斐氏が連れてきたのは、そういう知り合いだったのだ。

グリーフシェアクッキングをつづけていくと、甲斐氏だけでなく、こうしたSNSの知り合いが人づてに次々と集まってきた。SNSで出会っていることもあり、改まった遺族会のような場より、NPO主催の料理教室の方が気軽に誘いやすいということもあるのだろう。

坂上氏は様々な遺族に会う中で、グリーフシェアクッキングならではのレシピや手順を作り上げていった。参加者たちはたくさんの思いを抱えてやってくるため、ドアを開けて坂上氏らの顔を見た途端に涙を流して体験を語ることがあるが、胸の内を吐露するだけなら相談先はほかにあるだろう。坂上氏としては、料理教室という体裁を整えて料理という作業をする過程で生まれる空気を大切にしたかった。

彼女は話す。

「ご遺族が料理教室に集うメリットは、参加のしやすさだけでなく、調理をすることで一時でも悲しみを忘れ、食事によって気持ちを落ち着かせることだと思っています。なので、最初にこう言うようにしています。

『食事中だけは子どもの話はなしにしましょう。食後にカフェの時間を取りますから、そこで話すようにしてください』

毎回のレシピはなるべく忙しく手を動かすものにしています。じっくりと何かを煮込む料理というより、魚をさばいて骨を取り除いたり、小麦粉をねったり、野菜を刻んだりする料理です。料理に没頭することで悲しみをひとまず脇に置いてもらいたいのです。

ご遺族が子どもの話をするのは、食後のカフェの時間です。コーヒーを豆から挽いて心を落ち着けてもらってから、これまで抱えてきた思いを自由に言葉にしてもらう。ほとんどの方が涙を流して子どもの話をしますが、料理と食事を共にしたあとだから、話しやすい関係性が生まれる。それがグリーフシェアクッキングの特徴だと思っています」

料理教室には、坂上氏と遺族の他に、「アシスタント」と呼ばれるボランティアが参加している。アシスタントは料理の手伝いや片付けをするだけでなく、遺族の話の聞き役にもなる。当事者以外にも話を聞く人がいることが大切なのだという。

遺族が涙ながらに語る内容は多岐にわたる。子どもはどのように病魔と闘ったのか、家族はどう支えたのか、医師たちの対応はどうだったのかといった闘病に関することはもちろん、それ以外のこともある。

たとえば、難病の子どもの看病をするのに手一杯で、きょうだいへの対応が疎(おろそ)かになって寂しい思いをさせたことへの後悔、闘病中に夫婦がすれ違って不仲になったこと、事情を知った人から「元気そうで安心したわ」と言われた時の戸惑い……。

ここで坂上氏やアシスタントが明確な答えを出すことはほとんどない。黙ってうなずいて聞くか、質問に対して短く答えるかだ。ここですべきは、問題解決ではなく、遺族の気持ちに寄り添うことなのだ。

このように料理教室で長らく胸に秘めていた思いを口にすると、参加者はまた来たいと思うようになる。2回目以降は、2~3人で集まることもあれば、5名以上の参加者を募って地域センターの大きな調理室で行うこともある。

坂上氏は言う。

「グリーフシェアクッキングは一応4時間くらいと設定はしていますが、それで終わることはまずありませんね。午前中に集まって、夜まで話し込む人もいれば、カフェなどに移動して話し込む人もいます。その後もSNSでずっとやりとりしている人たちもいます。

彼らを見ていて感じるのは、子どもを失った親がそのことを話せる場が少ないという現状です。彼らは実生活の中で同じ体験をした人と出会うことがほとんどありませんし、親族や友達にその思いを打ち明けるのも憚(はばか)られる。だから、うちで同じ境遇の人たちと集うと、話が尽きなくなるのでしょう」

子どもを失った遺族が相談相手を見つけるのは簡単ではない。カウンセラーなど専門家もいるが、1回につき数千円から1万円くらいの料金を払う必要がある。その点、こういう場で語り合う意義は精神的にも経済的にも大きいだろう。

ちなみに、グリーフシェアクッキングの参加費は初回は無料。2回目からは500円程度だ。むろん、これでは材料費にも及ばないが、費用の多くは同団体の会員が払う会費や企業からの助成金で賄われている。

また、坂上氏は機会を見つけては、参加者を自分の講演会や大学で担当している講義に招いて体験を語ってもらっている。彼女は説明する。

「大学の授業や講演会の謝礼を半分渡して話をしてもらうんです。グリーフシェアクッキングでは心に浮かんだことを自由に話してもらっていますが、授業や講演会で話す場合は、事前に時間をかけて体験や気持ちを整理して、当日は第三者にわかるような言葉で伝えなければなりません。これは料理教室での会話とは違う形で、その人の気持ちを軽くしたり、次のステップにつながったりするのです。単に話をするといっても、どこで誰に向けて話すかによって意味合いが違う。私としてはいろんな場を提供したいと思っています」

それ以外にも、坂上氏が主導して遺族向けの日帰り旅行を開催することもある。高尾山へハイキングに行ったり、神代植物公園やあしかがフラワーパークへ出掛けたりするのだ。日常とは異なるところに身を置いて、気晴らしをしてもらうのが目的だという。

このように様々なイベントに参加していくうちに、遺族は少しずつ前を向けるようになっていく。坂上氏は言う。

「グリーフシェアクッキングに参加する方には、それぞれ〝卒業の時期〟がみられます。うちでその時期を設定するのではありません。ご遺族の方がここでいろんな話をするうちに、心の痛みが少しずつ和らいでいき、日常のことに目を向けられるようになる。仕事をはじめる方もいれば、ボランティアに精を出す方もいる。お互いにLINEのIDを交換して、自分たちで出会いの場を作っていく方もいます。悲しみを抱えながらも自分の足で歩きだす時期がきて、うちから足が遠のいていくのが卒業なのです。卒業の時期は人によってそれぞれですが、いつまでもここにとどまっているわけではありません」

グリーフシェアクッキングでは、毎回その日のレシピをA4用紙にプリントして配っている。食材や調理手順、それに心構えなどが事細かに記されている。

きっと何十年か後、参加者がふとこのレシピを手に取ることもあるのだろう。その時、彼らはマンションの一室で、悲しみを分かち合った日のことを思い出し、こうつぶやくかもしれない。

あの出会いのおかげで、今の自分がある、と。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

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