栄福の時代を目指して(9) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

イスラエル・イラン戦争――文明の衝突と世界平和への祈り

「栄福の時代」への動きとは逆に、深刻極まりない戦争が勃発してしまった。6月13日に、核兵器開発阻止を名分にイスラエルがイランを攻撃し、参謀総長や司令官などを殺害したのである。イランは反撃して、超高速ミサイルなどでイスラエルの誇っていた多重のミサイル防衛システム(アイアンドームなど)を突破し、機能を止めて、次々とテルアビブやハイファなどに打ち込んだ。軍事的応酬が続き、イスラエルも多大な被害を受け、アメリカに軍事的な参加を要請した。

これはまさしく西洋文明とイスラーム文明との武力衝突であり、本連載第3回で書いたことが、大規模に進行してしまった。第2次世界大戦後におけるイスラエルの建国が、西洋文明とイスラーム文明の対立を不可避なものとし、第4次の中東戦争をはじめ、さまざまな武力衝突を引き起こしてきた。欧米がイスラエルを支持してきたので、武力で劣勢なイスラーム文明側ではハマスなど過激派が隆起した。イスラエルはそれらを攻撃し、ガザで多くの人々を死に追い込んで悲劇を生じさせ、さらにイランを攻撃した。

これまでイランは核兵器を持つ意思はないと強調しており、経済制裁解除のためにアメリカと核開発を制限する交渉を続けているところだった。イスラエルはイランの核開発進展の証拠も提示していないし、核査察を行っている国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長もアメリカのギャバード国家情報長官も、イランは核弾頭の開発をいま行っているという証拠はなく、すぐに開発できるわけではないことを認めていた。

そもそも、イスラエルのネタニヤフ首相はこれまでもイランが核開発を進めていると繰り返し国際的に訴えており(CNNやThe Daily Showの画像では、1995年、1996年、2002年、2012年、2015年、2018年)、2010年と2012年にも核関連施設への攻撃を計画して、閣僚やアメリカの反対で断念した。今回、武力攻撃に踏み切ったのは、長期化するガザ戦闘のために支持率が低下して、連立政権が崩壊の危機に見舞われ、自らが汚職罪に問われているので、失脚を避けるためと推測されている。もともとネタニヤフ首相は、ガザ市民に対して、食料や水、医薬品などの人道支援の妨害によって、国際人道法違反として国際刑事裁判所から戦争犯罪容疑で逮捕状が出ているのである。

国連憲章では、武力攻撃を受けた場合の自衛権の行使を例外として、武力による紛争の解決を禁じている。イスラエルに切迫した軍事的危険がなく、しかもイラン核開発の証拠もない以上、この先制攻撃が国際法に違反していて正義に反することは疑う余地がない。よって、これを自衛戦争として肯定することは論理的に不可能であり、逆にイラン側の反撃こそが自衛戦争に相当する。

しかし、イギリス、フランス、ドイツなどの欧州はイスラエルの攻撃を支持し、軍事的にも協力して、G7がイスラエルは自国を防衛する権利があるという支持声明を出した(16日)。他方で、アメリカは、当初から陰で協力していると推測されていたものの、トランプ大統領が当初、イスラエルからの参戦要請を断っていた。これは、「アメリカ第一主義」に基づき対外介入戦争をなるべく避ける方針と合致していた。ところが、大統領は当初の方針を翻して、22日深夜(イラン時間)に3カ所の核施設に対してバンカーバスターやトマホークミサイルで攻撃を行った。

核保有国パキスタンはイランに協力すると公言し、ロシア、中国や多くのイスラーム国がイランを支持している以上、世界は「第3次世界大戦」のような破滅的事態の淵にまで追い込まれたのである。

幸い、イランは、カタールのアメリカ空軍基地を報復として攻撃したものの、事前にアメリカに通報するなど自制が効いていて、人命の犠牲は出ず、トランプ大統領は謝意まで表明した。他方でホルムズ海峡封鎖が予告されて世界経済にとって深刻な事態を迎えたものの、軍事的に厳しい状態に追い込まれていたイスラエルが停戦を望み、アメリカとカタールの連携による両当事国との交渉を経て、停戦の見通しがトランプ大統領によって発表された。

とはいえ、直後にイスラエルのイラン攻撃があってトランプ大統領が停戦違反に不満を表明するなど、事態は予断を許さない。私は、「文明の衝突」が最悪の事態へと展開せずに鎮火するように、世界平和の回復を祈っており、停戦の完全な実現を切に願っている。

ここで直視しなければならないことは、第6回で書いた「共和国連合」が、国際的な法理に反してイスラエルの先制攻撃を支持したということである。欧州の「共和国連合」も、ことこの問題に対しては国連憲章や国際的正義に反する行動をすることが露呈してしまった。

また、アメリカのイラン攻撃も、アメリカには切迫した脅威がなかった以上、正当な自衛戦争ではあり得ず、イスラエルの先制攻撃は違法なので、集団的自衛権の行使として正当化することもできない。よって、これも国際法違反であることは明白である。

ここには、イスラエル建国以来の文明論的な問題があり、欧米はイスラーム文明との対立においてユダヤ・キリスト教という文化的背景に基づいて行動しており、今回は国際法に明らかに反する行動を取ってしまった。よって、グローバルな観点から見ると、西洋文明側の主張が常に正しいというわけではないことになる。

逆に、ロシア、中国などがイスラエルの先制攻撃を国際法違反と批判しているのは、この点だけについて言えば正当である。しばしば不法行為を疑われている国々が正しい主張をしたのだから、少なくともこの一点においては、欧米の方がこれらの国々よりも国際法や国際的正義を尊重しているという「常識」が崩れ、転倒してしまっている。

そしてG7の中で、日本だけが唯一、イスラエルの先制攻撃を批判し、石破茂首相は「平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的な手段が用いられたことは到底許容できない」として、「極めて遺憾で強く非難する」と強調した(13日)。これは、国連憲章や国際法から見て正しく、石破首相はじめ現政権の外交的識見を高く評価することができる。それは、国連を重視する日本の平和主義と合致しており、さらには「和の国」としての文明論的な理念も見ることができる。これは、今の西洋諸国が果たせない、日本独自の役割と評価できよう。

もっとも、G7の声明はこの立場と背反しているので、日本政府がこの共同声明に加わったのは画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。またアメリカの攻撃に関して、日本政府は支持こそしなかったものの、明確な非難は避けた。イスラエル先制攻撃に対する批判的声明とは姿勢が異なっており、整合的ではない。

イスラエルの攻撃も、アメリカの攻撃も、イランの地下深い核施設に致命的な損傷を与えはせず、イランはアメリカの攻撃の前に核関連物質を移動させていた。他方で、イスラエルのミサイル防衛システムは突破されて、主要都市などに建国後初めての大被害を受けた。これは自業自得と言わざるを得ないが、このためイスラエルは戦争目的を達成することができずに、自らが始めた戦争を止めざるを得なくなった。同時に、ガザをはじめとする近隣地域でも、大虐殺(ジェノサイド)とすら批判されるような、不法で非人道的な行為を止めて国家として猛省すること、そして核兵器を破棄するとともに攻撃的安全保障政策を止めることが、今後の世界平和のために切に望まれる。

イスラエルやアメリカの攻撃を受けたイランは、核査察を行う国際原子力機関との協力を中断する法案を可決し、核兵器不拡散条約から脱退する可能性もあるので、世界にはさらに不安要因が増大してしまった。そしてロシア、中国、北朝鮮などの他、大多数のイスラーム諸国が一致してイランを支持したので、「西洋文明 対 ロシア・中国・イスラーム文明」という「文明の衝突」の構図ができてしまったのである。

米英仏独という主要西欧諸国が、国際法に反するイスラエルへの支持や軍事的協力をしてしまった以上、この構図においては国際的正義の担い手と目せなくなり、「文明の衝突」の当事者となり、これを和らげることは難しくなってしまった。被爆国である日本は、この衝突が激化して核戦争とならないように、最大限務めなければならない。欧州では、わずかにフィンランドとスペインがイスラエルの先制攻撃を批判した。これらの良識の声と連携して、国際法の遵守や国際的正義が実現し、これ以上の悲惨な「文明の衝突」を回避できるように、国際的に平和への倫理的・外交的努力を行うことを日本政府には期待したい。それこそが、近代西洋文明の黄昏にあって、日本という国家の価値を世界的に認識してもらい、尊敬に値する国家として「栄福文明」の生成に寄与していく道だろう。

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