利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(86) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)
画・国井 節
政治的激変の兆候
4月28日、衆議院の3選挙区で補欠選挙が行われた。自民党の裏金問題が原因となって、唯一候補を立てることのできた島根1区で自民党が敗北し、3選挙区とも立憲民主党が全勝した。さらに、立憲民主党と野党首位を争っていた日本維新の会も、候補者を立てた東京15区と長崎3区の双方で敗北し、東京15区では小池百合子都知事が応援した乙武洋匡候補も惨敗した。日本維新の会と、小池都知事が作った都民ファーストの会は、日本におけるポピュリズムの代表的存在と目されている。
そこで、この結果から分かるのは、裏金問題で自民党は国民の信を失い、与党批判が曖昧(あいまい)だった日本維新の会と都民ファーストの会というポピュリズム的な政党も失速して、立憲民主党が勝利したということだ。3選挙区とも、共産党をはじめ野党の協力が行われていたから、第84回で書いた通り、与党に明確な批判的態度を取っていた政党が支持されたということになる。最近の世論調査でも、今後望ましい政権について「自民党以外の政党による政権」が「自民党を中心とした政権」を上回るという結果が出ている(朝日新聞世論調査、4月22日)。裏金問題が注目される前とは、隔世の感がある。
それでも、おそらく派閥解散などの影響で、自民党内で岸田政権に代わる動きは目立たずに政権は持続しており、政治資金規正法改正でも自民党案は微温的で、与党の公明党ですら賛成していない(5月16日現在)。岸田政権は、一時言われていた6月解散は断念しそうだが、この政権のままで総選挙まで進むと、与党が大敗して野党が大きく伸長し、政治的大変動が生じることは間違いないだろう。
経済的激変の危険:円安と通貨の攻防
政治と同様に経済でも、深刻な事態が進んでいる。物価上昇の原因である急激な円安がさらに進んで、一時は1ドル=160円を突破した(4月29日)。このため、財務省の為替介入が2回行われたと目されており、一時は1ドル=151円台となったが、その後再び円安の動きが生じて156円台になった(5月16日現在は154円台)。ついに日本銀行の植田和男総裁も円安を無視できなくなり、軌道修正して国会答弁で政策的対応の必要性に言及し(5月8日)、国債(残存期間5年超10年以下)買い入れを従来より500億円減額して(5月13日)、金融緩和路線の修正を一歩進めた。
この問題が深刻なのは、円安が構造的問題の結果であり、財務省や日本銀行の政策によって解決することはほとんど不可能だからだ。円安が始まってから、テレビなどではアメリカの金利上昇による日米金利差が原因と報じることが多い。為替相場はもちろんアメリカの経済指標や金利によって影響されている。しかし、実際には、根源的問題はアベノミクスにおける超金融緩和政策の結果、日本銀行が巨大な債務を抱えてしまい、金利を本格的に上げると、債務超過になりかねないということである。よって、「金利上昇→債務超過→通貨危機・暴落」という悪夢のシナリオを避けるために、日本はアメリカに続いて金利を本格的に上げることが困難になってしまっている。他方で、このような破局的事態を避けようとすれば、「(1ドル=160円を突破して)円安急進行→物価急上昇」によるハイパーインフレーションの危険が生じてしまう。
アベノミクスの超金融緩和路線を批判してきた論客達(藤巻健史、明石順平ら)は、かねてからこのような弊害や危険について警鐘を鳴らしており、いよいよ懸念が現実のものとなりつつあるわけだ。このような通貨危機は、これまでタイ・インドネシア・韓国などのアジア諸国やメキシコ・ブラジル・アルゼンチンなどのラテンアメリカ諸国が体験してきたものである。
要するに、日本はこのような通貨危機の瀬戸際にいるのであり、いま行われているのは日本経済の破綻を食い止めるための歴史的な通貨攻防である。しかし、短期的には神田眞人財務官などの手腕によって円安の進行を遅らせることはできても、当局の介入資金にも限界があると推定されているから、この攻防戦の見通しは明るくはない。