利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(54) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

東京オリンピックのメダルラッシュを祝えるか?

東京五輪が開催され、閉幕した。テレビは競技と日本のメダルラッシュにのみ焦点を合わせていたが、私たちは表面的な賑(にぎ)わいに惑わされずに、その陰で進行している現実を正しく直視しなければならない。仏教で言う正見だ。

日本のメダルラッシュは競技の公正な結果だろうか。外国人選手には、新型コロナウイルスに感染して来日できなかったり、来日後に参加できなくなったりした人がいるし、外出制限などにより、日本では十分なコンディション調整が難しかった。日本は、東京の夏を「温暖でアスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と言って招致したが、酷暑のために女子アーチェリー選手が熱中症で気を失い、テニスではトッププレーヤーなどの訴えと要求で競技時間が変更になり、札幌での男子マラソンでは棄権者が106人中30人に達した。この五輪は、コロナ禍や酷暑という状況によって日本人選手に有利だった。

公正の基準の一つは「公平性」(平等性)だ。また「フェアプレーの精神」というように、ルールには反していなくとも、競技を高潔な精神で行うという倫理的な公明正大さ(公明性)も、大事な要件である。

海外のメディアから「地獄のような嘘(うそ)」とまで強く非難されたように、酷暑を隠蔽(いんぺい)していたことは倫理的な不正行為だ。

このほか、招致や運営に関しても問題が指摘され、私たち日本人の人権意識も問われる大会となった。無観客のために不要になった弁当の大量廃棄(約13万食、1億1600万円)も、無償ボランティアや生活困窮者の存在を考えれば、やはり倫理的な問題だ。そもそも五輪招致には贈収賄疑惑があって、フランスで捜査が行われており、元招致委員会理事長の巨額弁護費用(これまでに約2億円)を日本オリンピック委員会(JOC)が負担している。五輪の実行委員会や関係者からは、女性蔑視発言による森喜朗元首相の五輪組織委員会会長辞任をはじめ、倫理的問題での辞任や解任が相次いでいた。要はこの五輪には公平性も公明性も欠けていて、全体的に不公正なところが多かったと言わざるを得ない。

開幕式・閉幕式ともに、五輪にふさわしい格式や芸術性、感動が感じられなかったという評価も多い。名古屋市長は表敬訪問に来た選手の金メダルをかじって顰蹙(ひんしゅく)を買った。ここで挙げた問題の多くは海外でも報じられており、日本の国際的イメージを大きく低下させたと言わざるを得ない。

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