『現代を見つめて』(35) 人間が人間を測る危うさ 文・石井光太(作家)

人間が人間を測る危うさ

中国では、IT企業が国民一人ひとりを格付けする取り組みがはじまっているという。健康、収入、社会的立場などから点数付けするのだ。その評価によって、不動産が安く買えたり、優先的に病院での診察が受けられるようになったりするらしい。

日本でも、大手の金融機関とIT企業が組んでこうした取り組みをはじめているという。でも、そんな簡単に人を評価できるものなのだろうか。

先日、ある自治体から講演を依頼され、関西まで足をのばした。会場は大きな公民館だった。館内には市民が自由に過ごせる広々としたスペースがあり、ソファやテーブルが並べられていた。

私は早めに到着したこともあって、その一角で仕事をしていた。すると、二十代くらいのダウン症の男性が声をかけてきた。常連さんのようだ。私は会釈だけして仕事を続けていた。

しばらくすると、八十代くらいのお年寄りの男性がやってきた。彼がソファにすわると、ダウン症の男性が近づいていき、また話しかけた。二人は顔見知りだったらしく、そのまま会話がはじまった。

耳を傾けていると、話がどうもかみ合っていない。おそらくお年寄りの男性は認知症が入っているようだ。それでも二人は盛り上がり、やけに楽しそうだ。

少しすると、今度はホームレス風の男性がやってきた。彼は先にいた二人を知っているらしく、「おっす」と缶コーヒーを渡した。そして冗談を言って二人を笑わせておかしそうにしている。

私がこの不思議な光景を見ていたら、講演会の手伝いをしてくれる公民館の人がやってきてこう教えてくれた。

「ダウン症の方は近所に住んでいるんです。毎日遊びに来て、いろんな人に話しかけてくれる。そのおかげで、認知症のお年寄りやホームレスみたいな方の話し相手になってくれている。みんな彼のことが好きで、ご飯につれていったりもするんですよ」

ダウン症の彼のおかげで、認知症やホームレスの人たちの居場所ができ、楽しい時間を過ごせているのだ。

そう考えると、人の格付けって何だろうと思う。その人にはその人にしかできない役割がある。大切なのは点数ではなく、そこに笑顔があるかどうかだ。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。